第10話―「貴殿。なにか勘違いをしておられぬか?」


 ここまでのあらすじ。


 王宮で騎士をする凜々しき女性、キシリッシュは、出会い掲示板ファインド・ラブを利用してペガサスの君と一緒に食事をする事になった。


 ペガサスの君はデブでブサイク。おどおどとしているかと思ったら急に強気になったりと情緒不安定気味。


 そして彼は言った「キシリッシュのために大聖堂を押さえてみせる」と。


 キシリッシュは泣きそうだった。


「ははは、今まで会った女性はどうもビッチばっかりでね、君ならば私に相応しいと思うのだよ」


 調子に乗ってきたのかデブ……いやバイエル・ハーパネンはどもる事も無く、一人演説を始めた。


「どうせなら区画外れに白い小さな家を買って、そこで二人で暮らそうじゃないか。いや、ソード家にお世話になる手もあるな……その時は私が婿入りして……それもいい! バイエル・ソードとは響きも良いじゃ無いか!」


 キシリッシュは家を馬鹿にされているように感じた。だがその思いを必死で押さえる。彼に悪気はないのだ。たぶん。


「ソード家は貴族待遇だが、いっそ貴族籍を買って……うーん、さすがにハーパネン商会の全財産を投入しても無理か……」


 なんだ、貴族籍すら買えない程度の財力なのかと馬鹿にしたくなる。彼の口調からどれほどの大商会かと思っていたのだが、どうやらごく普通の商会規模らしい。


「なに、ソード家のコネがあれば商会の規模は矢が飛ぶごとくあっと言う間に広がるさ!」


 なぜこの男はソード家のコネを前提に話すのだろう。キシリッシュは冷めた目でバイエルを見下した。


「まずは結婚の日取りだが——」


「……貴殿。なにか勘違いをしておられぬか?」


 いい加減茶番に疲れたキシリッシュが、絶対零度の声色で語りかける。


「私たちは今日初めてお目にかかったのだ。しかもまだ何の会話も交わしてはいない。それがどうして婚姻などという話になっている?」


「……え?」


「そもそも私は初めから本名を隠すこと無く教えていたのに、なんだ貴様は、人を期待させるあざなをつけおって。男なら正々堂々と出来なかったのか?」


「え? いや、それは……」


「まあそれはいい。サイゾーが言っていた個人情報を守るためのシステムがどうとかいう理屈もわかる」


「そ、そうだ、システムの……」


「だがな!」


 大きい声では無かったが、鋭い一喝に、バイエルはびくりと身を固めた。


「せっかく出会ったのだ、今後どのようになるかは別にして、まずはお互いを知るのが先だろう?! それがどうしていきなり家格の話になり、婚姻となる! 貴様は何を望んでここに来たのだ?!」


「え……それは……その……」


「私は貴殿の食事をして仲が良くなりたいという言葉を信じてここに来ている。ならばお互いがその為の努力をするべきだろう。私は貴殿を見た目で判断したりはしない。いやまぁ少しだけあれだったが……いやいや、だからといってそれで話をしないなどと言うことは無い!」


 バイエルは引き攣った笑顔のまま完全硬直していた。


「たしかに貴族や騎士家ともなれば家同士の繋がりは重要だろう。だがそのしがらみが無いからこそ、私はここにいる。さて貴殿は何を望んで・・・・・ここにいる?」


 バイエルは凝り固まった唇を無理矢理に動かした。


「そ、その……な、仲良くなれれば……」


「お断りする!」


 キシリッシュは冷淡な表情のまま立ち上がると、そのまま個室を出て行った。会計に小金貨を叩きつけて外に出た。


 ■


 次の日、キシリッシュは模擬戦で同僚の男たちを全員完膚なきまでに叩きのめした。

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