第8話―はじめての返信
マッシュは2時間半近く、一人で酒をあおっていた。
この後、美味しい酒を飲みに行くのだから控えておこうと思っているのだが、さすがに連れもいない状況では、ついつい酒を追加してしまう。今日ほど1分1秒を長く感じたことは無かった。
そしてようやくその時が来た。
先ほどの黒髪の青年が、酒場を回りながら、一人一人に封筒を渡していく。例の太った不細工にも封筒を渡していた。一体誰があんな男と会いたいのだろうと考えた時、そう言えば相手の形容がわかるはずもないと思い至る。
果たして「えりか」が美人かどうかという疑問に行き当たってしまう。無意識に自分の理想像をえりかに当てはめていたのだ。
唸っているマッシュの所に青年がやって来た。最後に自分の所に来たのは果たしてわざとだったのか。
マッシュは黒髪の少々異国風の青年を見上げた。
「はい、返信きたぜ? 良かったな」
「どういう意味だ? 普通は返信するだろう?」
「いやいや、返信するかどうかは受け取った人次第だからな。例えばマッシュさんのプロフィールを見て気に入らなかったら返信しないなんて当たり前だと思うぜ?」
「それは失礼だろう」
「女性の書き込みには男性のメールが殺到するからな。お断りにしろ何にしろ、返事があるだけありがたいんだよ」
「ふむ……返信が無いのは虚しいな……」
「ああ、だからマッシュさんの相手もきっと良い子だぜ?」
「そ、そうか」
マッシュはごくりと唾を飲み込んで封筒を受け取った。
「それじゃ……。ああ、封筒は窓口に返却してくれよ」
黒髪の青年が手をひらひらと振って、受付の奥に戻っていく、カウンターには別の男性が座っていた。いつの間にか交代していたようだ。
マッシュは指を震わせながら封筒を開いた。
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こんにちは、えりかです。
お返事をもらえるとは思いませんでした!
我が侭な内容だったのに、お会いしてくれるな
んて、すまっしゅさんはとっても優しい方なんで
すね!
えりか、とても期待しちゃいます!
すまっしゅさんは地理にも詳しいみたいですね。
この74区画で有名な聖人像はもちろん知って
いますよね?
えりかはすまっしゅさんと少しでも早く会いた
くなってしまったので、このメールを書いたらす
ぐに聖人像の前に向います!
もちろん、すまっしゅさんが来てくれない可能
性もあるんですが、優しいすまっしゅさんなら必
ず来ると信じてずっと待ってます!
えりかの服装は黒のワンピースに、白の春物カ
ーデガンを羽織っています。
頭に銀の蝶々飾りをつけていますので、すぐわ
かると思います!
それでは楽しみにお待ちしていますね!
えりか
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マッシュは封筒を窓口に返還すると、全速力で聖人像に突っ走っていった。
酒場を飛び出したマッシュを、一部の男たちがニヤニヤと見つめていたことにも気づかずに。
メールを出してすぐに聖人像に向っているなら、とっくに到着しているはずだ。聖人像は女性専用酒場「麗しき女神亭」のすぐそばにあるからだ。
女性を待たせるなど男の風上にも置けないと、マッシュは新兵訓練の時ですら出していない全力で走っていた。
日頃から身体を鍛えているマッシュだ、「海が恋しいアホウドリ亭」からやや離れた場所にある聖人像にもあっと言う間に到着する。
聖人像は待ち合わせによく使われる場所である。マッシュはきょろきょろと黒いワンピースを探すが、見当たらない。
聖人像の真っ正面で息を整えていると、横の路地からまさに手紙通りの黒いワンピースと白のカーデガンの、やや細めで背が低いが、スタイルの良い女性が歩いてくるではないか!
マッシュは唾を飲み込んで、そのご尊顔を拝見した。
(イエス! イエス!)
20代前半というには随分と若く見えたが、それは個人差というものだろう。むしろ嬉しい誤算である。マッシュも男だ。女性は若いに越したことはないのだ。
マッシュは思わず聖人像に拝礼しそうになった。
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