第3話―はじめての会員登録


 黒髪の青年が言った。


「ラブポイントを使えば読めますよ」


「ラブポイントってなんだ?」


「会員になると使える、数字だな」


「良くわからんな」


 どうやら青年の敬語は一瞬で終わったらしい。もっとも一般市民で敬語を使っている奴なんてそうそういないのでマッシュは気にもしなかった。


 さらに説明を求めようとしたとこで、太った男性がカウンターにやって来た。たしか熱心に黒板を見ていた男の一人だった。


 男の顔はかなり……残念な作りで、さらに体型も残念だった。きっと給料の大半が食費に消えているタイプだろう。


「い……いいかな?」


「おっと、失礼」


 マッシュは慌ててカウンターから1歩横にずれた。


「な……7番を見たい……です」


「会員証を……はい。じゃあ横の扉を入って、3番のブースへどうぞ」


「う……うん」


 鼻息の荒いブサイクは先ほど従業員が出来ていた扉に消えていった。黒髪の青年は手元のファイルをめくって何かを書き込みながら、後ろの従業員に何かの指示を出していた。


「お待たせ、個人情報は明かせないが……まあ目の前で見てたからな。今みたいに本文を読みたい掲示板を見つけたら、その番号を言ってくれれば、ラブポイントを消費して専用ブースで本文が読める。ちなみに2ポイントで読めるぜ」


「2ポイント……良くわからんな」


「今、会員登録してくれるなら、100ラブポイントを無料で差し上げちゃうぜ?」


「100ラブポイント」


 マッシュは頭の中で計算する。100−2は98。ポイントというのはイマイチ良くわからないが、最初に100ももらえば、いくらでも読めるでは無いかと。


「もちろん今だけのサービスです」


 青年はにこやかな笑みを浮かべて、またもや敬語で言った。


「会員登録てのはどうやるんだ?」


「簡単だ、会員規約に同意してもらった上で必要事項を書いてもらうだけさ」


 青年はカウンターの下から申し込み用紙と書かれたわら半紙を取り出した。


「何を書くんだ?」


「絶対に必要なのは、名前、種族、性別、年齢、誕生月、職業、区画と住所、ニックネーム、持っているなら通信の魔導具番号だ」


「随分細かいな……しかし住所が無い奴も多いだろう」


 マッシュの言うことは至極もっともで、この酒場にしても冒険者と言われる住所不定者がたくさんいる。


「そういう奴は所属ギルド名と住み着いてる区画を書いてもらってる」


「なるほど。字が書けない奴も少しはいるだろう? そういうのはどうするんだ?」


「入会書類に関しては、こっちが代筆出来るし、掲示板の代筆も可能だ。だがメールだけは別の人にやってもらいたい」


「どういうことだ?」


「メールは全て専用の封筒に入れてもらう。どの掲示板に対してメールを出すのか指示してもらうんだが、中身は一切見ない。だからこっちで代筆も受けられない」


「わかったようなわからないような……」


「ま、使ってみりゃわかるよ。どうせ今なら100ラブポイントも無料で使えるしな。ちなみにこのキャンペーンがいつまで続くかはわからない。明日には終わるかもしれない」


「終わるのか……」


「未定だ」


 青年はそらっとぼけたが、マッシュは明日にも終わるかもしれないという言葉に捕らわれていて、青年の表情変化に気がつくことが出来なかった。


「悩んでるね……今ならプロフも書いてくれればもう10ポイントサービスしちゃうぜ?」


「プロフ?」


「これさ。こっちの記入は自由だ」


 マッシュが申し込み用紙を再度見る。上半分、太枠に囲まれた「記入必須」欄とは別に「自由記載、公表自由」という欄が存在していた。


「簡単に言えば、自己紹介だな。女性は男性のプロフを無料で閲覧出来るから、プロフを充実させておくことを推奨している。みんなに幸せになって欲しいですしね」


 なぜか最後だけ敬語を使って笑顔を浮かべる青年。


 マッシュは申し込み用紙とにらめっこしていたのでそれに気がつかなかった。

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