第6話 実家
一方で、自分が預かったせいで新吉が郭を継がぬと言いだしたのではないかと、大黒屋の若旦那である哲治郎は一人、気を揉んでいた。
自身も大黒屋に婿入り以前、武家の当主である以上は商家など継げぬと、りさとの縁談を破談にしかけたことがあるので、新吉の気持ちは分からないでもないが、跡取りが決まらずに気を揉む忘八を見ているのも辛い。
預かって半年ほどは里心を付けぬようにと桃源楼に帰ることを禁じていたが、こんな理由から、ここ最近はやれ商談だ、やれ納品だと新吉を実家に帰らせることが多くなった。
そうなると、自然、実家の荒れぶりが新吉の目に付いた。
「遊女達が荒れている」
ぽつりと父に、新吉がそう呟いた。
「あら。おわかりかい」
信五郎が疲れたように溜息をつく。
「野菊がうちの運営に口を出さなくなってから、花魁のおきよか、格子のいく菜か。来年、この郭をまとめる遊女はどちらかと、派閥争いが激しくてね……ああ、そりゃあ、お袋様も頑張っているがね」
「派閥争いは女の性。親父様やお袋様のように、親の目線で見てるだけじゃあ、置いてやれねえ気もあるでしょうよ」
新吉は、
「まつり。もうすぐ新年だ。遊女達に餅と金平糖でも買ってやんな。おきよからの振る舞いだと言っておけ」
さりげなく、花魁きよ菊が、桃源楼で一番の遊女なのだとみんなに伝えろと言っている。
「いく菜は立場は格子でも、おきよより三つも上だ。年上の野菊には平気で下げた頭でも、年下のおきよにも下げろとは、親父様だって言いづらいでしょう」
「なるほど、何かの折りにこうして、あの子達にものの順序を教えて分からせるというのかい」
新吉が頷いた。
「言葉で話さずとも、親父様が態度を毅然となさっていれば、遊女達だって物の道理が分かってくると言うものです。親父様がお優しいからこそ、この桃源楼が栄えているのは俺にだって分かりますがね。道理の部分では時にはカミナリを落とされた方が、遊女たちの心もひきしまるんじゃねえですか」
16の子に遊女の扱いを諭されるとは。
信五郎は少し憮然とした。しかし、ほんの一瞬見ただけで遊女達の亀裂を見抜き、それの解決策も考えてしまうとは、我が子ながら、やはり郭の主としての才は優れているように思う。
「まあ、どちらにしろ
そんな自分の言葉に、新吉は、はっと気がついた。
桃源楼の主である信五郎は、美人は他所の郭でも使ってもらえるからと、見た目はそれほどでもなくても、元気で丈夫そうな禿ばかりを選んでもらってくる。そんな元気で負けん気の強い禿を一生懸命に仕込むので、気立てが良く、芸事の才能にあふれた遊女に育つ。
そんな遊女たちのなかでも目立って美しいわけでもなく、芸事の才もぬきんでているわけでもないはる菜は、もらわれてきた当初からすでに花魁獲得レースからは外れてしまっていた。
いま、はる菜の年頃ではいち香が美しさも指名数もぬきんでているように思うが、そのいち香を持ってしても、花魁きよ菊にはほど遠い。はる菜はまだ部屋持ちになったばかりの18歳。はる菜がきよ菊と肩を並べるなど、並大抵の苦労では済まないだろう。
「可哀想になあ」
そう呟いて溜息をつく息子を、信五郎は不思議そうに眉をひそめながら見ていた。
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