第5話 あやかしの刀
相模屋のダンナの羽振りの良さは、江戸の太鼓持ちたちのあいだで、瞬く間に噂に上った。
若いがもとはお城の若様。遊女や芸者を揚げるときの遊び方にも品があり、金払いの良さは一流だったから、女たちにも太鼓持ちにもよくモテた。
そんな若様に一人の老人が、「こんな刀は要らないか」と、持ちかけてきた。
帯刀を許されない商人には売れないが、若様なら実家の江戸屋敷に置くことができるだろうと、老人は言う。
若様は、一目見てこの刀を気に入った。
ほどよく鍛え上げられた、透き通るように磨き抜かれた刀身。鞘や柄は、いったいどこの名匠の手によるものか。
「いかほどだ」
若様は刀の値段を聞いたが、老人は首を振る。
「実は、私の友人が鍛えたものなのですが、その友人が亡くなってしまいました。管理しようにも我が家には置くところがありませんし、この年ではどうせあと数年しか持っておられぬ。お代は戴きませんから、どうぞ若様のご実家で保管してくださいませ」
だが、若様はこの太刀が気に入った。
太刀の素性を探らせようと、帰りに実家に立ち寄ったのだが、実家の江戸屋敷でも、太刀の美しさに魅了された者は多かった。この太刀は相模屋に持ち帰らず、殿様に献上した方が良いと家臣たちが若様を説き伏せたが、若様はがんとして首を縦に振らない。
「町人に帯刀が許されているのはごくほんのわずかのお大尽のみ。それに若様は刀を抜いたことも、帯刀して歩いたこともございますまい。若様にはお取り扱いが難しゅうございます。江戸屋敷でお預かりいたします故、毎日でもご覧になりに参られませ」
江戸家老がそこまで言ったが、それでも若様は渋り続ける。
最後にはついに長兄の殿様まで現れて、「真剣など家に置いては相模屋の女将に迷惑がかかる」と説き伏せたので、若様は仕方なく、太刀を実家において帰ってきた。
だが、帰ってから激しく後悔した。
寝ても覚めても、太刀のことが思い浮かぶ。
家老に言われたとおり、毎日江戸屋敷に通ったが、太刀を管理しているという家老がいないと見せてもくれない。
それで、若様はまた、わがままを言った。
今度は殿様の方も折れ、ついにお信乃を呼び出して、太刀の管理を申しつけた。
お信乃にとっては迷惑だったが、殿様に命じられては仕方がない。刀にしっかり封をして、床の間に飾っておくことにした。
念願叶って我が家に太刀を迎え入れた若様は、それからずっと、家に居る。
あれほど遊び歩いていたというのに、日がな一日、太刀の前でゴロゴロと寝転がり、本を読み、たまに起き上がったと思ったら舞を舞ったり、歌を詠んだり、茶を点てたり。
「じいちゃんに似てらあ」
鶴松が「死んだ祖父の晩年の行動に似ている」と笑うと、藤吉郎も「そういえば」と笑った。
だが、藤吉郎は鶴松とは少し違う思いで、この若い父親の行動を見ていた。
江戸の町に、「辻斬り」がでた……と言う噂が流れたのは、相模屋に太刀が来てから一ヶ月後のことだった。
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