第3話 北町のお奉行所
さて、小国とはいえ大名のご子息がたかが一介の長者に嫁いで……ではなく、婿に入ったと聞いて、機嫌を悪くしていたのは北町奉行の澤山助右衛門である。
澤山は四十手前で奉行になった優秀な男だが、いかんせん、自分にも他人にも厳しい。南町奉行である
この鬼奉行には、娘がひとり、息子が二人居る。
子どもたちの年齢はずいぶんと離れていて、上の娘、
姉弟の仲は良いのだが、長女の阿津は澤山に似て気が強い。優しい忠慧や直太朗より、よほど武士に向いている。年齢差のこともあって、三人は姉弟と言うよりはまるで師弟関係のような間柄だった。
澤山は、相模屋の結婚を、娘の阿津から聞いた。
相模屋の女将が夫を亡くしたという話は聞いていたから、最初は新しい夫と巡り会えて良かったと言っていたのだが、婿に入ったのが小大名の若様と聞いて、驚いた。
さぞかし、婿殿は尻に引かれて困っているだろうと、お信乃を婿ごと奉行所に呼び出してみた。
呼び出してみた若様を見て、澤山は驚く。
「……これはまた……見事なご尊顔で」
澤山は、実直な男だった。だから、若君のお顔の方も、素直に「綺麗だ」と感想を述べた。
「ありがとうございます。顔だけが取り柄の亭主でして……まだ、
若君に話しかけているのに、お信乃が返す。
相変わらずの出しゃばりぶりにお奉行様は顔をしかめながら、相模屋夫婦を下がらせた。
「おや?」
帰宅しようと草履を履いていた若君が、手習い帰りの阿津に目を留める。
「阿津。帰ったか」
書斎から、父の澤山が阿津に声をかけた。
「すまんが、肩を揉んでくれ」
「かしこまりました」
阿津は客人夫婦に軽く頭を下げ、父の書斎に入っていく。
阿津の少し大きめの背中を……若君はただ、静かに見つめていた。
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