第5話 秘密
あれから……いくつの満月の夜を重ねただろうか。
ぬしさまは、優しい。「約束通り」満月の夜はあたしの恋人。あたしのワガママをなんでも叶えてくれて、あたしを抱きしめてくれる。
あといくつ……二人で満月を見られるんだろう。
ぬしさまと恋仲になってから、いくつかの満月を見た後……あたしを育ててくれていた……ひな美姐さんが、死んだ。
姐さんのハッキリした年は知らない。だけど、まだ三十五とか六とか……桃源楼の親父様と、そんなには変わらなかったはずだ。
結局、佐平は薬をくれるだけで、一度も姐さんには会いに来なかった。
姐さんに身寄りは無かったから、あたしが育った里の婆が、姐さんの遺体を引き取っていった。
「お前の姐さんには、毎月、小遣いを貰っていた」
里の婆がそんなことを言う。
知らないと突っぱねても良かった。だけど……里には、たくさんの赤子が居た。女の子は育てば遊郭に引き取って貰える。だけど、金がなければ男の赤子は育たない。だから姐さんは、せめて男の子が自分で奉公できる年齢になるまで育ててくれるように、佐平から貰った金を、店を持たない子持ちの女達にあげていたようだった。
「お
婆が、苦々しげに言った。別の里では毎月、誰かから一両もの大金が届いているらしい。婆は、「うちの里にも」と、あたしに迫った。
「あたしはまだ、新造だ。お金なんてもらってない」
「どうせすぐに花魁になるんだろう? 前借りすれば良いじゃないか。親父様にお願いしてさ。お前はここで育ったんだ。小さい子ども達はお前の弟妹みたいなもんだろう」
婆が、あたしにそんなことを囁く。
ぬしさまには……姐さんが死んだことさえ、言えずにいた。
満月の夜に、あたしは佐平から姐さんへの薬を受け取り、ぬしさまはあたしから、姐さんから佐平への恋文を受け取る。
そして……それから、たった一夜だけ、ぬしさまはあたしの恋人になる。
いやだ。やめられない。やめたくない。
姐さんが死んだら、ぬしさまがあたしに会う理由がなくなる。
「……あたしが、その薬、ひきとってやろうか」
そんなことをいう人が現れた。
桃源楼のお袋様が、「デキのいい人だ」と言ってどこかの郭から引き抜いてきた、かが
このババア、年は四十かそこそこか。確かに前の鑓手の姐さんよりもずっと仕事は出来たけど、親父様のことを陰でポンコツだと罵り、花魁である野菊姐さんの仕事にまで口を出す。格子以下の姐さん達のことはヒトとすら思ってなくて、新造や禿達に至ってはゴミくず以下の扱いだった。
「お前はなにも心配しないで、テツジの旦那に愛されておいで。そして、もらった薬をあたしに売りな」
かが水は優しい笑顔でそう言って、ひな美姐さんがあたしに渡していた恋文とそっくりな手紙をくれて、あたしを送り出す。
姐さんが死んだことを言えないまま。あたしは……。いつも通りぬしさまと逢って、手紙と薬を交換し……。それを、かが水に売った。その金を、そっくりそのまま、里の婆に渡す。
少し考えれば、わかりそうなものだった。
たかが鑓手のかが水が、何故あんな大金を毎月、あたしに手渡せたのか……。
バカだった。
ぬしさまに逢いたい。ただ、それだけだった。
あたしがかが
ぬしさまの心の中にはもう、「りさ」が棲んでいた。
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