僕らの恋愛事情

宇津木桜

瀬谷隆について 第1話

校庭に桜が舞う季節になった。

高校生になったばかりの彼らは昇降口に集まっている。

「あー、優。クラス同じ。」

背の高い彼は瀬谷隆せやたかし。クラス発表の紙を見て、彼の隣に立つ背の低い友人、春野優はるのゆうに伝えた。

「ほんと?!やったあ!これで教室でもいちゃいちゃできるね!」

そう。彼らは友人ではない。

「教室では控えてくれ。頼むから。」

彼らは恋人同士なのだ。


6ヶ月前に遡る。

隆が中学3年生の頃の話だ。

校庭の桜の葉は落ちはじめ、冬が訪れようとしていた。

下校しようと靴箱に向かった隆は靴の中に可愛らしい封筒を見つけた。

「手紙…。果たし状?」

恐る恐る開いてみると、それはラブレターだった。

『瀬谷隆さんへ

 好きです。

 春野優』

簡潔な文章だった。

「春野優…?そんな女子いたかな…。」

クラスメイトや校内の生徒とあまり関わりを持たない隆は聞き覚えのない名前に首を傾げた。

隆は手紙を鞄に仕舞い、明日「春野優」を探してみようと決意した。


「姉さん、俺告白された。どうしよう。」

帰宅した隆は制服のまま大学生の姉、深雪の部屋に転がり込んだ。

「嘘、あんたが?ぼーっとして色気のかけらもないあんたが?」

「失礼。かなり失礼なこと言ってる。ほら、証拠。」

隆は「春野優」からの手紙を深雪に渡した。

「…でも俺も驚いてるよ。なんで俺?」

手紙をまじまじと見つめていた深雪は顔をあげて言った。

「ギャップ萌えってやつじゃない?」

「ギャップ萌え?何それ。」

「あらやだ。ギャップ萌えも知らないのね。」

深雪は深々とため息をつく。

「きっとあんたのそのぼーっとした顔に合わないことしたのよ。この子はそれにきゅーんときたの。なんか心当たりないわけ?」

「……無い。」

「…そう。それにしても「春野優」ってどっかで見た気がするんだけど…。なんだったかな。まあいいわ。ちゃんと返事してやんなさいよ。」

「わかった。」

隆は手紙を受け取り、深雪の部屋を後にした。


翌朝。

仕事に出る両親を見送った後、姉と飼い猫に見送られ登校した隆は気が気でならなかった。

そもそも受験期だというのに告白だなんて胆の据わった奴だ。

教室の自席についた隆は一先ず隣の席の男子に春野優について尋ねた。

「春野優ってどこのクラスか知ってる?」

「あー、春野ね。あの妙に可愛い奴。3組だよ。」

「ありがとう。3組ね。」

隆は昼休みにでも3組を訪ねて話をしてみようと考えた。

可愛いのなら是非とも会ってみたい。

「…それにしてもなんで俺?」


「春野優さんっている?」

漸く訪れた昼休み。

隆はチャイムと同時に教室を出て、3組に向かった。

「春野はたぶんそろそろ戻って来るよ。―あ、来た来た。春野、なんかおまえに用があるって奴が…。」

答えてくれた生徒が目をやった方には背の小さい子が一人。

「あ!瀬谷君だ!」

「…春野さん?」

「そうだよ!春野優!」

にこっと微笑む姿は確かに可愛い。が、

「男?」

隆に告白した相手は男だったのだ。

「…場所変えようか。」

隆は屋上に上がる為の階段の踊り場に優を連れて行った。

「俺が瀬谷隆だけど、君が春野優?」

「そうだよ!ボクが春野優。」

「春野さんって…男子?だよね?」

隆は気まずく思いながらも聞いた。

「うん。男子。ボクね、バイなの。バイセクシャルわかる?」

「わからない。ごめんね。」

「バイセクシャルっていうのはね、恋愛対象…っていうか性の対象?が男でも女でも良い人だよ。だからゲイともレズとも違うの。」

「…つまり君は男だけど男とも女とも付き合えるというわけか。」

隆はなるほど、と頷いた。

「で、なんで俺なんだ?」

最大の疑問。

これが友人や知り合いならありえる話だろう。

だが隆は優と関わったことは無い。

「…言わなきゃだめ?」

「じゃないと答えは出せない気がする。」

「…猫。」

「猫?」

隆は反復した。

なぜ猫のせいで好かれたのだろう。

「いつだろう、とにかく大雨の日だったんだよ。瀬谷君とボクって帰り道同じで、その日はたまたま瀬谷君の後ろを歩いてたんだ。道の端に子猫が捨てられてたんだよね。そしたら瀬谷君、その子猫のとこに傘だけ置いてって自分はずぶ濡れで走ってったんだ。」

優はここまで一気に言い、一息ついた。

「どうしたのかなーって思って見てたら瀬谷君戻って来たの。その手にはタオルがあってさ。子猫抱き上げて連れ帰ったんだよ。覚えてない?遠かったからよく見えなかったけど白黒の猫。」

「…いや、覚えてるよ。その猫は今うちにいる。」

隆の家の「郷」という名の雌猫だ。

「ボク、それ見るまでは瀬谷君怖い人だと思ってたんだよね。失礼だけど…目付き悪いし。でもそんな優しい人だと思ってなくて…。落ちちゃった。」

顔を赤らめながら優は俯いた。

「ご、ごめんね。気持ち悪いよね、男なのに。」

「そんなことないよ。」

「え…」

隆は珍しく微笑み、自分よりも20センチくらい低い優の頭を撫でた。

「気持ち悪くなんてないよ。でも俺はまだ君のことをよく知らない。答えは卒業式の日に出す。だから6ヶ月間友達として過ごそう。良い?」

「…うん!」


家に帰った隆を出迎えたのは深雪だった。

「ほら!春野優!nan-noのモデルよ!あんたこの子に告白されたわけ?!」

手に持つ雑誌は深雪の好きなファッション雑誌だ。

「…この子女の子?」

写真の「春野優」は可愛らしい服を着て薄く化粧を施している。

だが顔は今日会った春野優そっくりなのだ。

「女の子じゃないの?こんな服着てるし。」

「…男の子だよ。」

「は?何言ってんの?優ちゃんが男の子だって言うの?」

深雪は写真を凝視する。

「春野優君に告白されたんだ。男子用の制服着てた。」

その後深雪の絶叫が住宅街に響いたのはいうまでもない。


入学式が終わり、生徒達は教室に戻って行く。

「はい!自己紹介します!」

彼らの担任は元気な若い女性教師だ。

「私は1年2組、君達の担任。羽月さくらと言います!未婚の25歳、彼氏なし!よろしくね!それじゃあ、出席番号順に自己紹介!」

一気にまくし立て、その場を仕切っていく。

羽月は黒板に『名前・好きな教科・高校で頑張ること』と書いた。

自己紹介が始まった。

「瀬谷隆です。好きな教科は数学。頑張ることは勉強です。」

隆は簡潔に終わらせた。

しばらくして優の番になった。

「春野優です!好きな教科は国語と社会、頑張ることは友達をたくさん作ることと…勉強です!よろしく!」

営業スマイルとも取れる満面の笑みで自己紹介を終えた。

1年2組には42人の生徒がいる。

全員の自己紹介と羽月の話を終えたあたりで下校時刻がきた。

「それじゃあ明日会いましょう。気をつけて帰るのよ。」

隆は優と駅に向かって歩き出した。


2人は桜の咲く河原に座っていた。

「そういえばさ、隆。」

「なに?」

「ボクが告白してから半年も経ったんだね。」

散りゆく桜を眺めながら優はぽつりと言った。

「…ああ。そうだな。」

「ほんとに隆は後悔してないの?ボクなんかと付き合って…。」

「後悔なんかしてない。俺は優が好きだ。」

優の髪に絡まる花びらを払い、優の唇にキスを落とした。

「…そっか。えへへ、ボクも隆のこと大好きだよ!」

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