その後の甚兵衛
若狭屋 真夏(九代目)
離別
秀吉の妹「旭姫」は誠に不幸な女性だった。もし秀吉が太閤などになっていなければ当時の庶民としては普通の恋愛結婚をして、二人して生きていくことが出来たであろう。しかし、太閤の妹となれば話は違ってくる。
「兄上。わたしは反対です」
怒ることのない小一郎秀長がひどく怒っている。
「ほんとにうちの人は。。えーがげんにせんといけんよ。」
正室のおねも非常に怒っている。
「ほんなおこるなて。みんなしてわしを責める。おっかあ」
と秀吉は大政所の影に隠れたが「おみゃーなんぞ、わしの子でもなんでもない。豆腐の角に頭をぶつけて死にゃーええ」
秀吉の数少ない親族が怒りに満ちている。
怒りの原因は「妹朝日を家康の正室にすること」である。
朝日が未婚ならそれも悪くない話だが、朝日には副田甚兵衛というれっきとした夫がいる。しかも夫婦仲もよく子供こそいないが「幸せ」な生活を送っている。
それを離婚させて、家康に嫁すのだから、朝日にとっても不幸だし、家康にとっても不幸なことだ。
「だから甚兵衛には5万石の大名にしてやるなも」
「それがいかんの。なんであんな仲のええ夫婦を別れさせて、人質同様の正室にせにゃーあかんの。そんなことしたらわたしもおめゃーさんと別れる」
「秀長~たすけてちょーよ」
「兄上。朝日の幸せを考えているのですか?朝日は今が一番幸せなんです。どうせやるなら人質として甚兵衛と一緒に家康に渡すのが筋でしょう。」
「それじゃーダメなんじゃ。家康がわしの義理の弟にならにゃー、意味がない」
「藤吉郎」
大政所が大きな声をした。
「はい」
「おみゃーな、そんなに天下がほしいんか?妹の幸せを引き裂いてまで天下がほしいんか?」
「天下は目の前にあるだがね。そのためには家康に家来になってもらう必要がある。家康無くしての天下はねーだよ。」
「わかった。」
「おっかあ、どーしたね?」
「おらが家康の嫁になる」
「え」
「朝日の代わりに嫁になる。文句はねぇーな。藤吉郎」
「おっかあ、それじゃダメなんじゃ。そうするとわしゃー家康の義理の息子になってまう」
「どーせ、人質だ。嫁も母親もおんなじだ」
秀吉の弱点は親族の少なさである。
秀吉には姉、弟、妹がいる。というかこれしかいない。
信長には兄弟が多いし、血筋が近いものが多くいた。
息子を地方大名に養子に出しその家を乗っ取るということが出来たのは親族の多さがなせる業だった。
一代で成立した豊臣政権なため血縁者は非常に少ない。
代々続いている家柄なら家臣の娘を養女として出すこともできるが、それも不可能であった。
おまけに秀吉にも弟の秀長にも子供がいない。
当然のように人質の駒は少ないのだ。
「おみゃーさん、とりあえず、朝日にこの話はつたえにゃーでね。あの子は優しいし兄さん想いのところがあるでねー。」とおねは念を押した。
後日 副田甚兵衛が秀吉に呼び出された。
「大儀である。」
「ところであにさん。今日はなんのようだか?」
「そんな喋り方をするな。お前は天下人の義理の弟なんだぞ。」
「すみません。」
「ところでなー。おみゃーを5万石の大名にとりたててぇーとおもっとる。」
「ありがとうございます。朝日も喜びます」
甚兵衛は頭を下げた。
「その朝日の事なんだがなー。甚兵衛。おみゃー朝日と別れてくれねぇか?」
「え」甚兵衛は絶句した
「かわりっていったらいいんか、おみゃーは5万石の大名だ」
「すると、あにさん、朝日を5万石で売れってぇだか?」
「そんなことはいっておらん。朝日とは別の事だ」
甚兵衛はそのまま黙りこくった。
「朝日には伝えただか?」
「まだだ」
「あにさん、少し考えさせてくれ」
そういうと甚兵衛は退出した。
「甚兵衛を殺しても朝日は家康の嫁にさせる」秀吉の覚悟は堅かった。
副田甚兵衛という人物ははっきりとしたことはわからない。朝日の夫であったこと。信長の葬儀奉行を務めたこと。まあ、この程度である。
秀吉もさほど重要視してみなかった。という人物である。
しかし、歴史に残らない人物は多い。実際歴史というものは彼らによって動いて行くのである。
甚兵衛はとぼとぼと家路に帰る。
「おみゃーさん。おかえり」朝日の張りのある声が愛おしい。
「朝日。。。。ちょっと話してぇことがあるんだが。。」
といって屋敷に入る。
「今日、秀吉あにさんから、おめぇと別れろっていわれた。。。。その代わり大名にしてやるともいわれた。おらはおめぇと別れたくねぇ。。。わかれたくねぇ。。」
そういうと甚兵衛の目からは涙が流れてくる。
「あんた」そういうと朝日も泣いている。。
「あんた、逃げよぅ。どこか知らねぇ村で田んぼでも耕して暮らそう」
「だめだ。おめぇのにいさんは天下人や。どこにいてもめっかってまう」
「そんなら、海の向こうさ、いくべ。いつか「るそん助右ヱ門」さまが海の向こうで商売してるって聞いた。るそんさまに頼むべ」
「おめぇがふつーの百姓の娘ならよかったんだが」
「おらはふつうの百姓の娘だ」
甚兵衛は朝日を抱きしめた。
「体にはきをつけろな」
そういうと甚兵衛は家を飛び出した。
「あんたー」朝日は追いかけたが女の足では到底ついていくことが出来ない。
こうして副田甚兵衛は姿を消した。
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