妄想の渦
貝でできた指輪
導入部 無為
耳たぶに装着するこの小さな装置はワイヤレスで遠く離れたところにいる人とも
簡易メッセージをやりとりできる一般に普及したデバイス。一時間程度の手術で
費用も安価な埋め込み式のチップ型もじわじわ広がっている。西暦2041年の春、
薬品を調合することで合成する幻惑剤「天狗」を過剰摂取、その後刃物を持ち
暴れだしたため警察に保護され強制入院となった
を経て軽快退院。日常どんよりと生気をすこし失ったような様子のままぼんやり
自宅で過ごす日が多くなっていた。
はさんで西側に位置するトライポッドシティーの弓町に居る友達、矢村亜気夫と
耳に埋め込まれた簡易メッセンジャーでおしゃべりをするのを毎日のささやかな
楽しみにしている。二人は入院中に知り合った同じ年齢の気の合うコンビである。
今日は弓町の年に一度の伝統行事がある。錯田は約束していたとおり
矢村宅へ一緒に行事を見るために自転車で向かった。到着すると矢村は
もう玄関前で準備万端と、行事の行われる小高い丘へ案内してくれた。
「今年は打ち手が事情があって急遽変更になって 代理に
まだ経験の浅い人がはいったみたいやよ」
丘をのぼっていくと、人だかりかできている。もう始まっているようだ。
この弓町の行事”一本弓”はこの小高い丘の上からこころを寄せている
ひとの家へ向けて剛弓を打つというもの。とても危険だと思えるが
行事の日は それとなくターゲット付近の住民は皆 家から離れ
絶対に事故のないよう、細心の注意が図られている。
錯田と矢村はすこしはなれたところから どうなるんだろうと
すこし不安げに 剛弓を持つ男性を見ている この丘からは弓町
を見渡せる。錯田は以前矢村からすこしだけ、この行事のことを
聞いていた。ターゲット付近は今だれも居ないが、ターゲット宅
にはその矢が家に射られるのを 対象の人物がひとり家の中の安全な場所
で待っていることとなっている。
「さすがにすこし戸惑っているな」
錯田はうなずいたが、こころのなかでは、そんな打ち手の環境が
境遇がうらやましい。そう思っている。
しばらくして、辺りのざわつきがさぁーっと静まり、いよいよ
矢を放つのか とまわりのひとだかりもすっと退き下がりはじめた。
ここからみる家々の どこへ向けて
どんな気持ちで矢を射るんだろう、ターゲットの人もまた、
今どんなこころもちなんだろう。矢は瞬速でゆるやかな
カーブを描き、砕け散るガラスの音が遠くに聞こえた。
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