第22話 ”輝き”……失われることなく
牢屋の外に出るのは……いつぶりだろう?
以前にも確か、似たようなことがあった。
でもそれがどれくらい前だったのかを、僕はもう思い出すことができない。
あの時は……3人が連れていかれたんだったっけ?
思えばあの時……悲惨……なんて言葉だけでは言い表せない状態の崩落現場に連れていかれて、必死に回復魔法を使っているときに、僕の中の何かが弾けて、嘘みたいに傷がふさがっていったっけ……
ラケルはそんなことを考えながら、おぼつかない足取りで歩き続ける。
まともな速度で歩けないラケルにイラついた兵士が、乱暴に腕を引いたり、槍の石突の部分で突くのだが、ラケルは特に反応を示さず、変わらない速度でヨロヨロと歩くばかりだ。
恐らくはもう……
これには兵士達も顔を見合わせ、困り果てているようだ。
牢屋の中の
結果、兵士達は罵声を浴びせることで、ラケルを急がせるのと同時に、自分達のストレス発散の場ともしたようだ。
「おら! キビキビ歩け!! お前の一歩一歩が遅れるごとに、お前の仲間がただのゴミになるぞ」
「おお、そうだそうだ! 作業ができるうちは利用価値のあるゴミだが、ただのゴミになんてしたくないだろ? それにしても俺達は優しいよな? ゴミが活躍できる機会を与えてるだけじゃなく、対価としてゴミに食事と寝る場所を提供してやってるんだからよ」
「我らの慈悲深さを、きっと天もご覧になってくれているだろうさ」
「ブッハ! 違いない!」
ゲラゲラと笑いながら浴びせられる罵声は、どんどんとエスカレートしていく。
しかし、ラケルの速度は変わらない……
ブツブツと何かをつぶやきながら、穏やかな笑みを浮かべるのみだ。
もう、耳も……怪しいのだろうか?
その一方で、両目から溢れる涙はとどまることなく流れ続けている。
「なんだ? こいつ完全に壊れたか?」
「きったねぇな……床にこんな奴の体液が落ちるとか……」
「事が終わって、こいつがまだ生きてたら掃除させるか?」
「オイオイ……勘弁しろよ。こんなのが這いつくばって床磨きしてる姿なんて、夢にでるぞ」
「確かに! じゃあこの前入った新入りにでも……」
兵士達の無駄話が最高潮に達しようとしたとき、けたたましく走る足音によって遮られた。
大人数で移動していく警備兵に兵士の一人が声をかける。
「なんだ? そんな血相を変えて」
「あ? お前達何を呑気に!! 聞いていないのか!!」
あまりの剣幕に兵士達はお互いの顔を見合わせた。
「ああ……地下牢にいってこいつを連れてきてたからな……」
「崩落の件か……だが今はそんなことはどうでもいい! 侯爵様の元に賊が乗り込んできているとの知らせだ!! 情報が
そう告げると警備兵は脱兎の如く謁見の間の方にかけていった。
「賊なんて……おい……どうする?」
「どうするもなにも……本当なのか?」
「確かに上からこいつを連れてくるようには言われたが……」
「侯爵様の危機を知ってしまったのにもかかわらず、こいつをこのまま連れていくとどうなるか?」
「ないな」
「ああ……でもこいつどうする? 牢屋に戻すにしても時間がかかるぞ?」
兵士がラケルに視線を向ける。
相変わらずヨロヨロと力なく動くだけで、今にも事切れそうである。
「緊急時だ。ほっといていいだろう。こんな状態の奴に何ができるものか」
「そうだな。では行くか!」
兵士達は頷き合うと、警備兵を追い消えていった。
「やっと……静かに……なった……」
兵士達が消えていった方向を見つめながらラケルはそうつぶやく。
どうやら耳に関しては、無視を決め込んでいただけのようだ。
ラケルはおもむろに自分の腕をつねる。
「…………もう痛みは……感じないな」
自分の身体の現状を認識し、ラケルは深いため息をつく。
「父さん……か……さん……マ……村の……みん……な」
声にならない声を出しながら、ラケルは窓越しに天を仰ぐ。
「ああ……空はこんなにも奇麗なのに……なんで……」
その先が発せられることはなかった。
ラケルの瞳が弱々しく閉じられていくのだが、その途中でピタリと止まった。
「賊……確かそう言ってた。こんなところに賊が入り込めたんだろうか?」
もう一度兵士達が消えていった方に目を向ける。
「……僕は……もう長くない……」
踏み出した足は先ほどまでの弱々し物とは明らかに違った。
「賊がどう言う人達かはわからない……でも、この現状を変えてくれる存在に間違いはないはずだ。だったら僕は……その人達をこの目で見たい!」
ラケルは最後の力を振り絞り、謁見の間の方向を睨みつける。
あの……”輝き”……失われることなく……未だ瞳に宿り続けている。
――――――――――――――――
あとがき
輝きは……より強い”光”に引き寄せられる。
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