第21話 満面の笑み 悲しみの涙
「ン……」
ラケルの眉間に深いシワが刻まれた。
「ラケル! ラケルよ」
その様子に気が付いた村長が覚醒を促すために声をかけ、声に導かれるように、ラケルの瞳が弱々しく開かれていった。
しかし、まだ焦点が定まっていおらず、ラケルの視線は空中をさまよい続ける。
村長を回復させるため、意識を失うほどの魔力の放出と、更に己の限界……もしかしたらそれ以上だったのかもしれない数の詠唱魔法陣の展開。
今まで我流でこじ開け続け、代償を払うことで押し広げてきた魔導の門。
まだこの先、何十、何百とある己の内に秘めたる門。
全て己の中の”何か”を削り、捧げてきた事への代償……
どうやらその”何か”は今回の展開で底をつきかけているようだ。
しばらく宙を泳ぎ続けた瞳が、やっとのことで村長を捉える。
「よかった……村長……助けられた」
弱々しく発せられた声と同時にラケルの顔がクシャっと笑う。
「ラケルなんじゃな……本当に」
変わり果てた姿の中に、かつての面影を見た村長は、ラケルとは真逆の表情をとってしまった。
「ワシのような老いぼれなんぞ、ほおっておけばよいものを……そんなに身を削ってしまったからに」
「できません……そんなこと……できませんよ」
「あえてバラバラに配置され、中々顔を見ぬ者も多かったからの。連れていかれたあの日より、ラケルもみかけることが出来なかったが……まさかこんな場所に……」
村長は周囲の状況をもう一度確認する。
「まさかとは思うが……ラケル……ずっと一人でケガ人や病人の回復を行っておったのか?」
ラケルは静かに首を横に振った。
「”下民共に割く
「起き上がって大丈夫なのか!?」
ラケルが起き上がろうとするので、村長は焦りを見せる。
「ええ……なんとか……すみませんが、水をもらえますか?」
「おお……待っておれ」
村長は立ち上がると部屋の隅に置かれた桶の中に入っている水を、至る所が欠けてしまっている椀でくみ上げ、ラケルの元へと持っていく。
暗がりのため、その水の透明度は見えないが……
このような場所に閉じ込められている状態だ。見えない方が良いこともあるだろう。
ラケルは椀を受け取ると、喉を鳴らしながら一気に水を飲み干すが、
「ガッハ……ゴホ……ゴッホ」
身体が欲する量と、喉が受け付ける量がともなわないほどに衰弱してしまっているようだ。
村長はそんなラケルの背中を悲痛な表情で撫でる。
「ありがとうございます……もう、大丈夫です」
呼吸が整ったラケルは、先ほどの続きを話し始めた。
「そう告げられた次の瞬間には、6人ともがここに閉じ込められてしまいました」
「そこに倒れておる者達かの?」
村長は明かりが届く範囲に横たわっている3人に目を向け、その後、光の届かない部屋の奥の方を見た。
「いえ……違います。あの人たちも村長と同じようにここに運ばれてきた人達です」
「そ……そうなのか……」
「はい。わけもわからず閉じ込められたので、4人の大人は暫く鉄格子につかまって、兵士達がいなくなっていった方向に色々と叫んでいました。僕と……もう一人……ご老人は壁際に座り込んで、ふさぎ込んでしまってました」
「それは……無理もない」
「こんな場所ですから時間もすぐにわからなくなってしまって……叫んでいた人もいつの間にかその場にへたり込んでいました。その時……僕の横に座っていたご老人が、なぜ自分達だけここに連れてこられたのか? と言うことを解明すべく、みんなの生い立ちを確認し始めたんです」
ラケルが壁際に視線を送るが……そこには誰もいない。
「連れてこられた皆はこの一帯の様々な村の出身でした。年もバラバラだし、村でやっていた仕事もバラバラ……結婚している人、独身の人……僕なんてまだこの年ですし……。そんな中で唯一共通していたのが……」
「そうか……」
「はい……回復魔法が使える……そういうことでした」
ラケルが天井を見上げる。
「村から連れていかれて……どれくらい経ったんでしょうか?」
「あと数月で3年……程かの……」
「そんなに……いや……まだそれだけ? もうわかりません」
聞いては見たものの、ラケルの時間的感覚は完全に狂ってしまっているようで、本人も困ったように笑うしか反応のしようがないようだ。
「ある日を境に、毎日沢山の人がここに運ばれてきました……共通しているのは、今にも死にそうな大怪我をしているか、病や毒などに侵され今にも……そんな人達です」
村長がそれを聞き、大きくうなだれた。
「みんな思わず回復魔法を使いました……でも、まともに使える人でも、せいぜい止血のみです。欠損部分の回復なんて当たり前ですができる人なんていませんし……傷口の修復も……。こんな環境ですので、その程度の回復魔法しか使えない僕達では、初めのうちは傷口が化膿してしまってなすすべなく……そんなことが続きました」
ラケルの言葉は堰を切ったように続く。
「僕達は兵士にこんな場所に連れてくるのではなく、回復魔法に優れた
ラケルはヨロヨロと立ち上がり、また鉄格子の外をみつめる。
「その日を境に、みんな己を削り……回復魔法を続けました。威力が上がったのか、今までは救えなかったほどの大怪我の人の傷口の修復ができるようになったりもして」
ラケルの口調が一瞬明るいものに変わったが、すぐに口調は急降下してしまった。
「でも長くは続きませんでした……最初に異変が起こったのは、ご老人です。回復魔法の最中、急にけいれんを起こし……そのまま……。大勢が運ばれてきた日の次の朝……後を追うように、2度と起きてこなかった方が2人……。今の僕のような姿になってしまった2人は、照らし合わせたかのように、同じタイミングで奇声を発しながら頭を壁に打ち続けて……」
「ラケルや……」
「何故か僕だけが残りました……助けたい……その一心で今日までやってきましたけど……僕もソロソロ限界かもしれませんね」
極限状態に置かれ続けてしまったラケルは、自身の死すらも受け入れられる程に何かを悟ってしまったのかもしれない。
まだ10代後半……そんな年齢にも拘わらず。
「すまん……すまん……わしらがこんな生まれなばっかりに……わしらに力が無いばっかりに……若い皆にこんな未来しか見せてやることができん……」
村長はぐしゃぐしゃと頭をかきむしりながら己の……いや、大人達の無力さを嘆いている。
「僕は……もう……いいんです……でも……こんなこと……続けさせては……」
ドンッ!!!!
ラケルがそう言いかけた時、遠くで乱暴に扉を開ける音がする。
「また……誰か来てしまう……」
「もうやめるんじゃラケル! もうええ!!」
村長の言葉に笑顔を向けた後、ラケルは足音が近づく方へと向き直る。
しかし、現れたのは兵士達だけで、怪我人や病人は連れてこられてはいなかった。
「第6階層が崩落した。使えない奴はそのまま捨てるが、使えそうなのは回復しろ。人数が多い。いちいちここに連れてくるのが面倒だからお前を連れていく」
そう言うと兵士は鍵を開け、骨と皮だけの状態のラケルの腕をつかむと乱暴に外へと引っ張り出す。
「ッツ……」
ラケルの表情が苦痛に歪む。
「見てわかるじゃろ!! もうその子は限界じゃ!!! 休ませてやってくれ!!!!!」
村長は鉄格子を掴み大声を上げた。
「うるさい老いぼれだ。すっかりよさそうじゃないか。安心しろ。お前も明日には復帰だ」
「それにな、俺達は別にいいんだぜ。そのまま死んでくれても。回復する機会を作ってやってるだけ良心的だろうが」
「なにを! その回復しなければならない機会を作っとる諸悪の根源が貴様らじゃろうが!!!」
「お? はは! 確かに。言い切り返しだな、老いぼれ!! だからどうした? 吠えたって状況は何にも変わらんのさ。せいぜいよく吠えとけ」
「おい! 行くぞ」
兵士達は村長をあざ笑いながらラケルを連れていく。
「村長……助けられて本当によかった……でも……そのせいで、またあんな場所にもどることになってしまいますね……ごめんなさい……」
連れていかれる最中……最後にラケルはそんな言葉を残した。
満面の笑みと……その両目から大量の悲しみの涙を流しながら。
「何を言うておるんじゃ……命を救ってくれたんじゃぞ…………なんであの子が謝らなならんのじゃ……
誰じゃ……あの心の優しい子を……あんな風にしてしまった奴は誰じゃ!!!!!
許さん! 許さんぞ!! 絶対じゃ……絶対に許さんからな!!!!!!」
ラケルのいなくなった地下に……村長の悲痛な叫びは木霊し続けるのだった。
――――――――――――――――
あとがき
読者の皆様に何度か御声かけさせていただいた、
電撃≪新文芸≫スタートアップコンテストにて、この小説が最終選考へとコマを進めました。
これも全て読者の皆様のお陰です。この場を借りて御礼申し上げます。
電撃文庫と言う場所で、一つ結果を残せたことは本当に幸せです。
もうひとコマ進めると……いいな!
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