第16話 プロムナード

「さて……」


わざとらしくそう呟き、辺りを見渡す。


「相変わらず注意しないと感じ取りにくいが、やっぱ結構な数がいるな」


「そのようですね」

「うんうん」


俺達はネートル村を出て、


普段村の人達が生活に使っていたあの森にやってきている。


森の入り口から歩いて10分ほどの所まで進んできたのだが、


侵入者を警戒しているのであろう気配を、


彼方此方あちらこちらから感じることができた。


「ジリジリと間合いを詰めようとしています。 どのように致しましょうか?」


リプスは小首をかしげながら俺の指示を仰ぐ。


俺はもう一度周囲を確認した後、


「俺の力を全解放する」


そうリプスに伝える。


「まぁ! では全ての対象を掃討されるのですね!! 嗚呼、レオン様の御力を間近で見れるこの機会! 私一瞬たりとも見逃しません!!」


「やった~~! 更にかっちょいいレオン様がみれる~~!!!」



力の全解放……つまりは俺の人ならざる姿――――



2人はその姿での掃討劇を期待して、喜びを全身で表現している。


リプスは少し桃色に染まった両頬に手を当て、嬉しそうに目を閉じ、


何やらクネクネと腰を動かしながらブツブツと独り言を呟いている……


イヴは……


くどい様だが、もうこいつは尻尾で空が飛べるだろ……


なぜなら全力で左右に振られる尻尾の風圧で、砂埃が立ってしまっている。


俺を見つめる眼からは、”期待”の2文字以外読み取ることはできない。


そんな2人を尻目に俺は宣言通りに力の全解放を行った。



俺の中のリミットが解放され、全身にとてつもない力が駆け巡る。


頭のてっぺんから指先、足先に至るまで全てが満たされ、


もうこれ以上無理だと悲鳴を上げるが、


それでも俺の力はお構いなしに激流の如く流れ込んでいき、


そして……



爆ぜる――



それに伴って俺の身体はあの、人ならざる姿へと変貌した。




―――――――!!!???




俺の姿が変貌したとたん、


静かだった森の中が一変して阿鼻叫喚あびきょうかんの地と化した……


生命の危機を感じたモンスター達が一斉に森の奥へと逃げ出したのだろう。


茂みを掻き分け、小さな枝などが折れる音、


悲鳴のような鳴き声、うめき声……


そしてモンスター同士が衝突したような、衝突音……


そんな物が聞こえてくる。



だが、この絶望にも似た雰囲気を、さらに一変させる者が2人……



「嗚呼……嗚呼! 嗚呼!!」

「ワ~~~~!!!」


俺の足元に全力で抱き着き、身をくねらせながら擦り付ける。


「2人とも……離れてくれないか?」


俺のこの言葉は2人の勘に触ったようだ……


「そんな! 無理です!! こんなに勇ましく、気品に溢れ……美しい! この魅力的すぎるレオン様を前に、私達がとるべき行動はこれ以外あろうはずがありません!!」


「そうだよ! そうだよ!!」


…………結構本気で怒ってる気がする。


「素直に褒めてくれていると受け取りはするがな……これじゃ俺が動きづらいだろ……分かってくれよ?」


「た、確かに……」

「う……う~~ん……」


2人はお互いに顔を見合わせ、一度だけうなずくと、


子供が母親に抱き着いてグリグリするような行動をとった後に、


「かしこまりました……」

「した……」


不満MAXの表情で俺から離れた。


ヤレヤレ……全身全霊をもって尽くす……なんて言ってても、


こう言う所は隠そうともしないんだよな……


俺は気を取り直して周囲を見渡す。


恐らく周囲にいたモンスターは全て逃げていったのだろう。


先程の騒ぎは落ち着いていた。


「…………周囲には何も感じないが、2人も一緒か?」


「はい。そのようです」

「だね~気配も匂いも遠くなったよ」


「そうか。 よし……いくか」


俺はモンスター達が逃げていったであろう方向に向けて歩みを進める。


「掃討するのですね! 私達はどう致しましょうか!? 武器に戻った方がよろしいですか!!??」

「どっちどっち!?」


2人はそんな俺に遅れまい寄り添い、目をキラキラさせながら問いかける。


「いや……2人には周囲の警戒を頼みたい。流石に力の差がありすぎて気配を読み辛いったりゃありゃしない……こっちに向かってくるような者がもしいたら教えてくれ。この姿……今の所、他にそう簡単に見せるつもりはない」


「かしこまりました」

「わかった~!」


俺からの明確な指示を、先程とは違い、2人はしっかりと受け止めている。


「モンスター達の気配の場所、詳細にお伝えした方がよろしいでしょうか? それともレオン様の御力で、広範囲を一斉に薙ぎ払われるのですか?」


「それなんだがな」


俺は2人に向き直る。


「モンスター達は掃討しない」


「え……? それはなぜでしょうか??」

「……なんで?」


2人は目を丸くして驚く。


「フレムさんが言ってたろ。こうなる以前はモンスター達と共存できてたって」


「え…ええ……確かにそのようなことを言っていましたね……」


リプスもどうやら覚えているようだ。


イヴは……


「…………エヘヘ」


うん……忘れてんな。


「共存できてたって言うんだから無理に殺すことはないだろ? ここまで活動範囲を広げた理由が必ずあるはずだ……気になることってのはそれだ。で、その原因をこの森で探すついでに、モンスター達の活動範囲をこの森の奥に押し戻す。モンスター達も馬鹿じゃないだろ。流石にここまでの身の危険を感じれば、しばらくはこっちに顔を出さないと思ってな」


2人の表情がどんどん曇っていく。


「それは……つまり……レオン様はその御姿で御散歩をなさるだけだと?」

「おさんぽ……」


「ま……まぁ、表現はどうかと思うが、そう言うことだな……ダメか?」


2人の眉間のシワがとてつもなく深く刻まれ、口はへの字に結ばれる。


「レオン様の御心のままに……」

「ままに……」


いや……だからさ……言葉の内容と態度が全く伴ってないんだが……


まったく……本当に困った御供達だ……憎めないけど。



「なんか他のリクエストになら答えてやるから、無益な殺生を俺にやらせないでくれ……」


「本当ですか!?」

「!?」


突如2人の機嫌は180度変化し、


「レオン様の御心のままに!!」

「ままに!!」


間髪入れずに、教科書に載るような素晴らしい態度で返答が返ってきた。


そして今度は2人で


”どんなお願いをしましょうか?”

”ボクね~! レオン様とお風呂で~……”


なんて楽しそうに会議を始めている。


…………しくじったかな。


そう思ったが、もう後の祭り……


撤回することはもう不可能だろう……


俺って一応主従関係で行けば上なんだよな?


そりゃそんな関係がなくなればいいなとは思っているが、


本当にフラットになれたとしたら……どうなってしまうんだろうか?


少し頭が痛くなった。


「ほら……行くぞ!」


言ってしまったことは仕方ない……


俺は気を取り直して森の奥へと歩いていく。


「ああ! 御待ちください!!」

「レオン様! まって~!!」


盛り上がっていた2人は慌てて会議を切り上げ、俺の元へと駆け寄るのだった。





しばらく歩いてみるのだが、至って平和そのものだ。


2人もあの提案のお陰なんだろう……まじめに周囲の気配を探っている。


森の奥へと歩みを進めていても、こちらに向かってくる物がいないのだから、


順調にモンスター達を押し戻すことに成功していると思っていいはずだ。


「レオン様? 1つよろしいでしょうか?」


そんな道中、リプスが俺に声をかける。


「ん? 構わないが……どうした??」


「先程の村でのレオン様の行動で気になったことがありまして……」


何かおかしなことをしただろうか?


「ああ、遠慮なく聞いてくれ」


「では……あの野盗達から回収した金貨のことなのですが」


「フレムさんに渡したのまずかったか?」


「いえ……そう言うことではなく、金貨は数種類あったはずです。私の考えで行けば、恐らくその国ごとの金貨だと思われるのですが、レオン様が御渡しになった金貨、フレムさんは金貨自体には違和感をもっておられませんでした。よくあの数種類の中から、この国で使用されている金貨がお分かりになりましたね? 何か予備知識を持っておられたのですか?」


リプスは興味深そうに俺の人ならざる顔を覗き見る。


「そう言うことか。なに、たいしたことじゃないさ。俺がフレムさんに渡した袋に入っていた金貨には、獅子の紋章みたいな刻印があったろ?」


リプスは唇に左の人差し指を当て、少し考える素振りをみせ、


「ええ、確かにそのような物がありました」


ウンウンとうなずく。


「それと同じ物をあるところで目にしてたから目星をつけてたってだけさ」


「目星とは……?」


「鎧さ」


「鎧ですか?」


「そう、鎧。王子のとこの近衛兵と最初に遭遇した時があったろ?」


「はい」


「あの時、その近衛兵の鎧にあの金貨と同じ刻印を見つけてな。後々そいつらが王子の近衛兵だってわかって、ここの国の紋章がこの獅子なんだろうって推測したのさ。王子の近衛兵がまさか他国の紋章なんて装備に入れないだろ?」


俺は少し得意げにリプスに話す。


すると……


「レオン様! 流石です!! あのような状況でもそのような部分にまで注意を巡らせている観察力! そしてそれを組み立て活用する考察力!! 私感激いたしました!!」


リプスはそのままのテンションで俺に抱き着いてくる。


「感激いたしました!!」


それにつられてイヴも……


イヴは……絶対に内容分かってないよな……


「大げさだろ……」


これは……ゲームで培ったある意味、癖みたいなもんだ。


ゲームの進歩に伴い、グラフィックなんかも爆発的に進化して、


ほぼ実写だろ? なんてゲームはごまんとある。


設定資料集など、そんな物を眺めることも好きだった俺は、


ゲーム内の装備なんかを可能であれば隅々までじっくり見てしまうのだ。



「リプスの方が遥かに俺より凄いじゃないか? 様々な知識を持っているんだろ?」


リプスは抱き着いたまま俺を見上げるとフルフルと首を横に振る。


「確かに知識はあります。それについては自信があります! ですが……その知識を掛け合わせるというか、うまく利用するという点においては少し疑問が残ります。応用力と表現するのでしょうか? 魔法も、私が使用している物は術式などが確立されている物を主に使用しておりますし、そういう部分についていえば、レオン様の足元にも及ばない自信があります!」


ものすごく真っ直ぐな目で宣言されてしまった。


及ばない自信ってのもどうなのか……


つまり……ペーパーテストやクイズならばどんな物でも満点だが、


その知識を使っての新技術の開発が苦手って認識でいいのだろうか?


なるほどな……


「完璧な者なんていないんだ。俺が足りない部分はリプスに補ってもらいたいし、リプスに足りない部分は俺が補うさ」


俺はこの姿に変化したリプスに初めて、


イヴにするように、自然に頭を撫でることができた。


俺自身緊張してたんだな……


完璧超人だと勝手に思っていたリプスにも苦手な事がある……


それがわかって、支えてやりたいと心から思えたってことだろう。


「はい……必ずやレオン様の御力になって見せます」


リプスも今までの反応とは少し違い、イヴの様に幸せそうに俺に撫でられている。


「ねえ? ボクは??」


そんな俺達を見てイヴも問いかけてきた。


「イヴだって同じだ。イヴにしかできないことで俺を補ってもらいたいし、イヴにできないことは俺が補ってやる」


「うん!」


イヴもやはり幸せそうな表情を俺に向け、ギュウギュウと抱くついてくれる。




「私もイヴに補っていただきたいです」


すると今度は、リプスがイヴに問いかける。


「え? リプスも??」


「ダメですか?」


「ううん! ボク、リプスにもい~っぱい力かすね!!」


「まぁ! ありがとうございます。私もイヴにた~くさん、力御貸ししますからね」


俺を挟んでにこやかに話す2人を取り巻く雰囲気から、


外見は違えど、仲のいい姉妹……


そんな温かい物を感じ、自然と俺も笑顔になった。




だが……現在、人ならざる姿の俺の表情は、誰も読み解くことはできない――――




そんなやり取りをしながら、


モンスターを押し込むべくしばらく歩いていると、開けた場所に出た。


しかし、俺達の目に飛び込んできたのは異様な光景。



「モンスター達が村を襲うようになった原因は……これかもしれないな」


「ですね……可能性は高いと思われます」


「なんでこんなことになっちゃったのかな?」


「流石にこれを見ただけじゃ判断つかないな……」


俺は空を見上げる。


あの三つの太陽……今は夜だから月なのか?


その周囲が少し明るくなってきている。


どうやら夜明けが近い様だ。


「ここまで押し込んどけばしばらくは大丈夫だろう。それに朝には戻るとも言ってある……フレムさんにこの状況に心当たりがないか聞いてみるか……」


俺はもう一度周囲を見渡す。


「…………引き上げるぞ」


「かしこまりました」

「は~い!」



無事にモンスター達を森の奥へと押し込み終わった俺は、元の姿へ戻ると、


両腕に抱き着いてきている美人姉妹をそのままに、この場所を後にしたのだった。



―――――――――――

あとがき


もう8月も終わるんですね……早い。

9月……さて、変化の月になるでしょうか?


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