第14話 再会を願って

「この湖で上位に位置しますとお伝えしましたよね?」


アレアは俺に視線を向けて悪戯っぽく微笑んでいる。


「ああ……正直驚いたぜ……でも……」


「でも……なんで抵抗しなかったのか? ですか?」


どうやらアレアは俺の言葉の先をよんだようだ。


アレアにはこれだけの力があるのだから、イヴが間違って捉えた際、


抵抗するのが普通だと思うんだが……


「……その通りだ」


「簡単なことです。 ”無駄”だと本能的にといいますか……勘付いてしまって」


「勘付いた?」


「レオンさん達の”力”にです。私を水中で難なく捉えて、ここまで投げ飛ばしたイヴさん……」


イヴは何やら明後日の方向を向き、尻尾を落ち着きなく揺らしながら、


いつもはピンッ! っと立てている耳もしおらしくなり、どこかバツが悪そうだ。


「先程見せられたレオンさんの力……そして今の対応……私のよみは間違っていなかったということです」


「今の対応? 俺達何か特別なことをしていたか?」


思い返してみても、アレアの起こした津波に対処すべく行動しただけだと思うんだが……


恐らく他の者でも同じような対応をするんじゃないのか?


「ええ……かなり特別でした」


アレアの答えに、考えてはみるのだが、何が特別だったのかはやっぱりわからない。


リプスに視線を送ってみるが、やはりリプスもわかっていないようで静かに首を横に振る。


イヴは……


うん……満面の笑みを返してくれた。


「ダメだ。 わかりそうにない。 アレア、俺達の行動の何が特別だったか教えてくれないか?」


「その”わからない”と言うのもまた特別なんですけどね」


アレアは少し困ったような顔をしたが、気を取り直して話し出した。


「勿論全力を出したわけではありませんが、あれほどの威力の津波です……まぁなかなかの使い手でもあれをまともに受けて無傷……と言うのは難しいと思います」


言われて思い返してみるが、確かにあの水量はすごかった。


「それだけの津波にも関わらず、まずリプスさんとイヴさんですが、御二人ともその”津波”に対して対処しようとしました」


「ん? それは普通じゃないのか?」


「そうですね……自分達では対処できそうにない攻撃が向かってきていたとして、その攻撃を操作している対象が無防備で目の前にいるんですよ? 普通どうしますか?」


「あ……」


「魔法と言うのは特殊な物以外、特に攻撃魔法においては術者の詠唱を遮ると、魔法の威力はなくなってしまいます。仮にこの事をレオンさん達が理解していなかったとしても、どうでしょう? 本能的に私を止めようとは思いませんか?」


「そうだな……」


ミサイルなんかの発射ボタンを、無防備な状態で押そうとしている人物が目の前にいるのに、


その人物を無視してミサイルに攻撃を加える人間は……いないだろうな……


「結果は先ほども申しましたが、御二人は慌てることなく”津波”に対処を行っていました。そして、決定的なのはレオンさんです」


「俺? 俺は特に何もしてないと思うんだけどな……」


「いいえ。 レオンさんが”津波”を目の前にしてとった行動は、慌てるでもなく、防ごうとするでもなく、私や津波に攻撃を加えようとするでもなく……絶望から立ち尽くす物もいるかもしれませんが、当たり前ですがこれも違います。”後ろを振り向く”でした。それも恐らくですが、自身ではなく、後ろの森林の被害を心配して……ではないですか? あの表情はそう言った類の物だとお見受けしましたが?」


………その通りだ。


あの時俺は不思議と自分の身の心配など一切していなかったし、


それを避けなければといった感情すら現れなかった。


つまり俺はあのままあの津波を受けても問題ないと無意識に判断していたのだろう。


「図星ですか?」


「アレアに言われて気が付いたが、その通りだと思う」


その答えにアレアはフフフと笑う。


「つまり、私が感じ取ってしまった力……抵抗することを諦めてしまった私の判断はまぁ間違いではなかったということでしょうか? もし、あそこで私が抵抗していれば勿論一悶着あったでしょうし、今こうやってレオンさん達と分かり合えていたかと言うと疑問が残ります」



確かに……最初のイヴの行動以外、お互いに危害を加えるような行動はとらなかった。


陸に上がったあの瞬間にアレアが抵抗を選択していれば、


あのハイテンションな魔導師マジックキャスターと同じ結果が待っていたかもしれない……


あの魔導師マジックキャスターは俺に躊躇なく攻撃を仕掛けてきた。


転移したばかりで、身体に力が馴染んでなかったからその辺りを計れなかったのか……


それとも相手の力量がわかるほどの感覚は優れていなかったのか……


前者である場合は今後この世界で強者と言われるものと対峙すれば俺の”力”は見透かされるかもしれない。


後者である場合はアレアの第六感が優れていたということになる。


しかし、そんなことは考えるだけ無駄か……



頭の中に”アロクネロス”の事がよぎった。



あんな目立つ馬に乗って移動しているんだ。


目立つなと言うほうが難しい……


リリスには悪いがとりあえずこの世界の情勢なんかが理解できるまでは、


文明のありそうな場所に近づいたらアロクネロスからは降りて歩いて向かうのがいいだろう。


「どうかしましたか? レオンさん」


物思いにふけってしまい、反応がない俺にアレアが問いかける。


「ああ……すまない。ちょっと考え事をしていた」


「そうなんですか?」


アレアは不思議そうに首を傾げている。


「すまないが、アレアが知っているだけでいい。この世界のことを俺達に教えてくれないか?」


「いいですよ。 閉鎖的とはいえ私達は長い歴史のある種族です。多少なりとも外世界の事もわかります。では……」



アレアはもう一度人魚族主観だからと念を押しながら、


おおよその世界情勢を教えてくれた。


まずこの湖だが、やはり途方もなく大きいらしい。


正確な大きさなどは文明が発達した国にでもいって


世界地図的なものでもあれば確認できると思うが、


この湖は5つの国に面している。


どれも大国で、この湖を含めた領土争いを行っているらしいのだが、


湖とは名ばかりで、淡水ではあるのだが、対角線上を人間種が使っている船で移動しようとすると、


30日はかかるとの事だった……


もう完全に大海原だなこれは……


もちろんそんな湖の中にはアレア達以外に強力なモンスターなども住み着いているため、


安全な航海とはいかないようだ。


水中で生活する者たちの圧倒的有利な地形効果もあいまって、


どの国も結局のところ湖の内部までは手は届いていないらしい。



そして俺達が今いる場所はグレオルグと言う国の領土らしく、


あの人魚が青年を助けた戦以降、廃れてしまった辺境の土地……そんな場所のようだ。



その他にもこの世界にいる種族の事などをアレアは丁寧に教えてくれた。



「ありがとう。アレア。おかげで助かった。後は俺達で見て回ることにする」


「どういたしまして。 御力になれたでしょうか?」


「十分だ」


「それはよかったです」


アレアはにっこりと笑ってくれた。



「でわ……私はソロソロ……仲間も戻りが遅いと思い始めると思いますので……」


「ああ! 気を付けてな。 もう捕まるなよ?」


「レオンさん達以外に遅れなどとりません!」


「ハハッ! そうか」


まさか人魚と冗談を飛ばし合える日が来るなんてな……


昨日まで高校生をしていたなんて嘘みたいだ……


「そうだ。 レオンさんこれを」


アレアはそういうと自分の両耳につけていたイヤリングを一つ外して俺に渡してくれた。


「綺麗なイヤリングだな」


蒼く透き通り、光り輝く大きな宝石を中心にあしらい、


金で装飾されているのかと思ったのだが、その装飾部分もよく見れば向こう側が透けて見えている。



元の世界では見たことのない物質に、俺は上下左右ありとあらゆる角度から、隈なく観察した。


「差し上げます」


「え? なんかすごい貴重そうなイヤリングだけど?」


「特別な効果をもったイヤリングです」


なんだそれ? めちゃくちゃ貴重なんじゃないのか?


「そんな物を今日会ったばっかりの俺に渡すのか?」


「ええ。 実はそのイヤリングは持ち主の思いに答えて対になっているこちらのイヤリングと引き寄せ合おうとする効果があります」



アレアはもう一方の耳につけているイヤリングがよく見えるように


長く美しい髪をかきあげ、俺に見せてくれた。


その艶っぽい仕草に俺は思わず目を奪われてしまった。



「ですので、私に会いたいと思って頂ければ、このアレア、この湖が繋がっている場所であれば、何処へでも伺います」


「すごいな……でも」


「でも?」


「貴重な物なら尚の事大事にした方がいいぞ。ほら。俺達が売り飛ばすかもしれないぞ?」


アレアは可笑しそうに笑う。


「レオンさん? そんなことをする人は、わざわざここでいいませんよ?」


「…………そうとも言い切れないと思うがなぁ」


「いいえ。私にはわかります。私はレオンさん達を信用して、これを託したいのです。人魚族には、かの昔より言い伝えがあるのです。いつの日か、この閉鎖的な人魚族に変化をもたらす者が現れると。私はレオンさんがその言い伝えの者だと確信しています」


「そんな大層な身分じゃないと思うんだがな……」


「自分で言うのもなんですが、人魚族は本当に閉鎖的なのです……そんな私達に変化をもたらす者など、どうやって現れるのだろうと皆でずっと話していました。私達は基本水の中です。そして水の中で、私達を捉えようなど……そんな状態ですので……どんなことが起こるのだろうと想像を巡らしてはいたのです。一時は人魚族から出るのではないか? などの話もあったのですが、まさかこのような結果とは……」


アレアは自分で言っていて可笑しくなったのだろう。


クスクスと笑っている。


「私はレオンさん達がそうだと確信しています。だから是非、再会したいのです。貰ってくださりませんか?」


変化をもたらす……ねぇ……


イヴの勘違いがまさかこんな形に発展するとはな……


ゲームのイベントにしても発生条件が、


事前に様々な条件と運要素もクリアしての


隠し要素に入りそうな高難度……の部類じゃないかこれ?



でもまぁ、ここまで言ってくれるアレアの言葉を無下にするのもな。


それに俺自身アレアにまた会いたいし、水中にいる大型モンスターなんかにも興味がある。


「そこまで言ってくれるなら断る理由はないよ。ありがとうアレア、大切にするよ」


「はい!」


俺の言葉にアレアは元気よく頷いてくれた。


「でわ、私はこれで。レオンさん達と再会できる日を楽しみにしております。レオンさんの”御料理”とてもおいしかったです! ありがとうございました」


アレアはそういうと一旦水の中に姿を隠したかと思うと、


勢いをつけて水面から空高く舞い上がった。


アレアの周りにはこれも魔法なのだろうか?


球体になった無数の水がアレアを取り囲み、あの3つの月の光を乱反射してキラキラと輝いていた。


満天の星空とキラキラと輝く水。


そしてその二つよりも輝くアレアの美貌と美しく大きな尾びれ。


「アレアさん綺麗です」

「きれーー!!」


2人はそんなアレアを見て素直な感想を口にしている。


「本当にきれいだな」


そしてそれは俺も同じだった。


空高く舞い上がったアレアはクルリと一回転すると、


ポチャンッ


っと舞い上がった高さとは反比例した静かすぎる入水音と共に、


今度こそ水中深くへと帰っていった。



俺はアレアにもらったイヤリングにもう一度目を向けた。


見れば見るほど見事な宝石と装飾が施されている。


ひとしきり眺め終ると鞄の中へとそれをおさめた。



「レオン様」


そんな俺にリプスが静かに声をかける。


「ああ、わかってる。囲まれかけてるな」



恐らくアレアは気が付いていなかっただろう。


なぜならその気配とはまだ結構な距離がある。


俺達に気が付かれたとは夢にも思ってないだろう……


気配は未だ変わらずにじりじりと距離を縮めてきている。


「40~50ってとこか?」


「うん! その位だと思う」


イヴは耳を左右にピクピクと動かしたり、クンクンと鼻を鳴らして辺りを警戒している。


「俺とアレアが派手に騒いだからな……何かに勘付かれたんだろうな」


この感じ……俺達にはバレてるけど気配を殺そうと努力しているのはわかる。


そこから考えられる結論は……恐らく友好的な相手ではないだろう。


「さ~て、なにがおいでになりますか」



レオンは嬉しそうに未だ見えぬ相手がいる森林へと目を向けるのだった。

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