第12話 異世界人の証明

「まず結論から先に言っておくとだな……水中で獣人種に捕まってしまったことに対するアレアの心配は、気にしなくていいと思う……」


俺はそう切り出した。


「その根拠は一体どこから来るのでしょうか……」


そんな断言にもアレアの不安の色はぬぐわれない。


勿論そうだろう……


仮に、イヴだけが泳ぎが上手い獣人種だったからと言われても、


今後そう言った個体が生まれてこないとも限らない……


そう、つまり……”この世界に存在している獣人種”から生まれた特異な個体だったとしたら、


イヴだけが特別……では安心できないのだ。



「根拠はな……俺達は”この世界”の住人じゃないからだ……」


この質問の確信をつくフレーズにも関わらず、アレアからの反応はない……



何かしらの反応はしてくれよ……


冗談ですよね……とか驚くとかさ……


これじゃあ俺が馬鹿みたいじゃないか……



しかし、待てども待てどもアレアから反応は返ってこない……



どうすりゃいいんだ……?



少しの間考えた後、


仕方ないか……流石に開放状態の全力を見せるのはなんか色々と不味そうな気がするからな……


この姿のままで出せる全力でも見せてみるか?



そう思い、自身に眠る魔力を呼び起こした。



髪やコートはザワザワと揺らめきだし、


俺を中心として足元に生えている芝生も波紋のようにうねりだす。


「!!??」


その様子にアレアの意識もこちらに戻ってきたようだ。



「んにゅ?」


ただならぬ雰囲気に気持ちよさそうに眠っていたイヴも何事かと目を覚ます。


「イヴ? ちょっとこっちにいらっしゃい?」


眠い目を擦りながらイヴはリプスの膝の上で抱き合うようにして座り、こちらを見ている。



まだいけるな……


イヴがリプスの方に移動してくれたおかげで立ち上がることが出来る。


いい機会だ。この姿の限界を知っておくのもいいだろう。



身体の奥底から溢れ出す力を抑えている門の様な物を


もう一段階開くイメージをする。


バチッ!!! バチィィィィィ!!!!!


あまりの力に周囲の空気と力が摩擦によって帯電しているとでもいうのだろうか。


時折周囲に青白い稲光が奔り、破裂音のような物を周囲に響かせる。



それだけでは納まらない……


芝生で起こった波紋は湖の水面まで到達し、


湖の後方に御生い茂っている森林の木もザワザワと揺らめく。


異変に気が付いた鳥たちは、夜にもかかわらず我先へと飛び出すのだが、


鳥目の為に彼方此方で仲間とぶつかってしまっているようだ……



「レオン様? そろそろ……」


「ん?」


リプスの言葉に周囲を見る。


まるで俺を中心に、


今から台風でも起きるのではないかと思わせるほどの雰囲気が漂ってる。


「ああ……悪い、つい夢中になった」


気が付けば目的が、


”アレアにこの世界の住人ではないことを理解してもらう”から


”人間の姿のままで引き出せる限界を知りたい”


と言う欲求に完全に切り替わってしまっていた。



「あ……あなたは一体!?」


そんな俺にアレアは目を白黒させている。


「だから言ったろ? 俺達はこの世界の住人じゃないって。どうだ? 少しは信じてくれたか?」


力の開放をやめると先ほどまでのことが嘘のように、また穏やかな夜が戻ってきた。



「確かに……今の力は……強大でした。ですが……その……私には、レオンさんは規格外の御力をお持ちなんだとしか……」



なんだって?


…………力を見せただけでは異世界から来たとは理解してくれないのか?


そして俺は致命的なことに気が付いた……


俺が元いた世界で今みたいな力を見せれば恐らくは即信じてもらえるのではないだろうか。


しかし、この世界には魔法はおろか、龍や目の前にいるアレアもそうだし、


リプスの様なエルフに、イヴの様な獣人種までいるような”ファンタジー”の世界だ。


そこでこんな力を見せたところでアレアの言う様に”規格外”と言うだけで


異世界からやってきたと言われてもピンと来ないのだろう……



確かリリスが、神や悪魔なんかもいるって言ってたな……


つまり開放状態を見せたところでその分類に入れられてしまうだけの可能性が高い……


となると、俺が異世界からやってきたって言う証明はどうすればできるんだ?



自分の身体を見渡してみる。


服装は……ダメだ。


ゲーム内のレオンの服装に変わっている。


あの魔導師マジックキャスターの服装から推測するしかないが、


これと言ってこの服装が特殊だとは思えない……


おあつらえ向きに高校の制服でも着ていれば少しは違ったかもしれないんだが……


次にポケットやカバンをあさってみるが、やはり無駄だった……


「アレア……」


「なんでしょうか?」


「すまない……嘘をついているわけでは決してないんだが、俺達がこの世界の住人では無いことをアレアに証明して安心させてやることができそうにない……」


俺はがっくりと肩を落とした。


「い……いえ。そんなに落ち込まないでください。レオンさんと短い時間ですが接していて、こんな嘘をつくような御方だとは感じませんでした。信じたい……とは思うのですが、私も一族の今後を左右するかもしれないことですので、確証が欲しくて……」


「よくわかるよ。 俺もその思いに答えてやりたいんだがな……」


歯を食いしばり、首を左右に振る。


ファンタジー物の作品で異世界に飛ばされる主人公なんて話は元の世界にもごまんとあった……


そんな中でその作品の主人公はどうやって自分が異世界から来たって証明したんだ?


服装か? 服装だってその世界にいる奇抜な人で片付けられたりしないだろうか?


スマホなんかの電子機器か? 


でもそれも電源が入るだけでは、ただの可笑しな音楽がなるアイテム止まりではないのか?


魔法がある世界ではそんな物よりも格段に便利な物がある可能性が高い以上、


珍しいアイテムだな……そんな感じで終わりそうな気がするんだが……



「レオンさんの言っていることが嘘ではないとして、レオンさんはこの世界に召喚されたのですか?」


項垂れている俺をみてアレアは話題を変えてくれたようだ。



「ん? 召喚? 召喚魔法もあるのか?」


「え……ええ、術者の力によって召喚できる物は異なりますが、最上位に位置する召喚士は天使や悪魔……そんな物を召喚できると聞いています」


リリスの話と少しずれているな……


天使と悪魔は存在しているのではなくて召喚によって呼び出されるのか?


気にはなるけど……まぁ今は関係ないな。


「召喚されたのとは……違うだろうな。俺は自分の意志でこの世界に転移した……そう言うことになると思う」


アレアは驚きの表情をレオンに向けた。


「それは……なんというかすごいですね! レオンさんはその御力で世界を移動されているのですか!?」


「いや! さすがにそれは……」


否定しようとしてもなんて説明すればいいのかまたもや頭を悩ませる……


ゲームしてたら飛ばされた……なんて、人魚であるアレアになんて説明すればいいんだ……


もう……これ肯定したほうが話が早いんじゃないか……


それまではっきりとしない表情をしていた俺の顔から迷いが消えた。



「そうだな。 俺はその力を使ってこの世界にやってきた」


只の高校生だった頃の自分なら、こんな大っぴらな嘘をつけば、


笑ってしまうか、もしくは表情が引きつるか……


そんな変化が出ていたかもしれない。


だが、ゲームのレオンの性格のおかげだろう……


涼しげなポーカーフェイスを使いこなす。


「すごいです! もしよかったら……見せて頂いてもいいでしょうか?」


この提案には流石に背筋に冷たいものが流れた。


ここで断るのは簡単なことだが……


逆にここをうまく乗り切ればアレアの異世界人だということを信じて貰えるのではないだろうか?


”ピンチをチャンスに”


何処かで聞いたことがあるフレーズが頭をよぎった。


事実を伝えたいだけなのに……なんで俺はこうも追い込まれているのだろうか……


いや、アレアの為だ。


アレアをはじめとした人魚一族が俺のせいで不安が深まる生活を送らなければならないか、


それとも、今と同じ生活を送れるかの瀬戸際なのだ。


なにか無いか……



あ!



「アレア、この世界には一瞬で遠く離れた場所に行けたりする魔法は存在しているのか?」


「え? それは便利そうな魔法ですね! ですがそんな物はないと思います……そんな物が存在すれば、それこそ私達の安全な暮らしなど確立できませんから……」


よし! いいぞ。


心の中でガッツポーズをした。


「アレア、さっきの答えは取り消す。俺達が異世界から来たことが証明できるかもしれない。リプス! イヴ!! こっちにこい」


呼ばれてやってきた2人にそっと耳打ちをすると”ああ!”と納得してくれたようだ。


そのまま2人は俺に抱きついた。


「アレアよく見とけ、すぐに帰ってくるから」


そういうと、カバンの中からハンドベルを取り出し、迷うことなくそれを鳴らす。


ベルが鳴り終わると視界が一転し、リリスの店に変わっていた。



そこではリリスがキッチンに立ち、洗い物をしている最中だった。


「邪魔するぞ!」


「え? どうしたんだい?? もう困りごとかい???」


「邪魔したな!」

「お邪魔いたしました」

「した~~!!!」


店に現れた三人はリリスの問いかけにも応えず、さっさと扉から出て行ってしまった。


「一体なんだって言うんだい……」


ジャーーーー


蛇口から勢いよく流れ出る水の音だけが、リリスの店に響き渡るのだった……

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