第11話 秘められし力
アレアから語られたのは昔話だった――
今から半世紀以上前。
1人の人魚が深夜の水面に上がってみると、何やら騒がしい……
この湖には複数の川の水が流れつくのだが、
その内の1本の上流でどうやら戦があったようだ。
川を下って、いくつもの人間種の戦死体が湖へと流れ着いていた。
本来ならば綺麗な透き通った水なのだが、
河全体が赤黒く変色してしまっていることを見ても、
上流にはいまだ数えきれないほどの戦死体があるのではないか……
と言うことは容易に想像できた。
そのせいで広大な湖の一部もその赤黒い水のせいで汚染され、
濃い血の匂いに誘われた湖内外のモンスター達が集まっていた。
水面の上下から戦死体をついばみ合い、そんなモンスターや戦死体を狙って、
大型のモンスターまで集まり、一網打尽にすべてを飲み込もうとする……
普段の穏やかな状態からは一変し、
”
そう言い現わすのが最も適切な状況。
この様子を見たのはアレアではなく、
一族の相談役などをやっている人魚らしい。
現在2563歳らしいのだが、年老いているということはなく、
見た目は特にアレアとは変わらないそうである……
離れてた場所から観察していた人魚のもとに、
何かの残骸のようなものが流れてきた。
特に理由があって水面に上がってきたわけではないし、
水面の様子に対しても興味が続かなかったため、戻ろうか……
そんなことを考えていた時、残骸の上に人間が1人乗っていることに気が付いた。
立派な鎧を身にまとった人間だ。
見れば頭からは血を流し、背中にもその立派な鎧を突き破る形で剣が突き立てられていた。
奇跡的にあのモンスターだらけの混沌とした場所を抜けてきたのだろう。
確かにあれだけ血の匂いが蔓延しては、
その匂いがどこから発せられているかなんて特定はできない。
息は微かにあるようだが、それも空前の灯……
このままでは10分と持たないだろう。
しかし自分には関係ない。
そう思って水中に戻ろうとした時、視覚の端で何かが光った。
それはその人間が首から下げていたネックレス――
人間には興味はなかったが、そのネックレスに惹かれ、手に取ってみた。
月明かりを反射し七色に輝く宝石。
これは人魚ではないだろうか?
金ではない……オリハルコン製か……
自分達によく似た半人半魚がその宝石を大事そうに抱きかかえているというデザインだった。
そんな物を持つこの人間に少しだけ興味が湧いた。
顔を覗き込んでみると、人間の青年……
人間種のことはあまり詳しくはないが、これはまだ幼さが残っている……
そんな部類ではないだろうか……
なんでそんなことをしたのかと言われればただの気まぐれだ。
青年の背中に突き刺さったままになっている剣に手をかけると、
迷うことなくそれを抜く。
「く………ぁ…………」
まだ辛うじて痛覚が残っていたのか、青年は声にならない声を上げた。
人魚は自身の指先を少し噛み切ると、
指先からぽたぽたと滴る自身の血を剣が刺さっていた箇所や、
激しく裂傷している頭部などへと垂らしていく。
すると、どうだろう。
致命傷と思われる傷がみるみるとふさがっていく……
それどころか大量に出血していたせいで青白く変化していた肌にも赤みが戻り、
冷たくなってしまっていた体温まで戻っていくではないか……
ヤレヤレ……自分は何をしているのだろうか……
人魚は再びあのネックレスに目を向ける。
見れば見るほど私達の種族をかたどったものだ。
人間種に遭遇した話などあまり聞いたことなどないのだが……
どこからこの姿にたどり着いたのか……
しかし、どうやらこの青年はこのネックレスを御守り代わりにしていたのだろう。
そのせいでなぜか放っておけなかった。
「………誰?」
「ッ!?」
物思いにふけっていたのがよくなかった。
すっかり傷もふさがり、体温も正常に戻ったため、自ずと意識も戻ったのだろう。
青年の目がうっすらと開きかかっている。
このままではマズイ!
人魚は一目散に水中へと姿を隠したのだった……
「人魚の血ってすごいんだな……」
俺はその効果に感心した。
しかし……まてよ?
「あれ? 確かアレアはさっきそんな効果は知らないとかなんとか言ってなかったっけか?」
その問いにアレアは頭を下げた。
「申し訳ありません……その……レオンさんをまだ信用できていませんでしたから。そこで認めてしまうとどうなるか……そんなことを考えてです……」
「ああ……そう言うことね。そりゃそうだ」
俺はウンウンと頷いた。
「てことは人魚の血を使えば傷がふさがるってことか?」
「傷……だけではないでしょう。 恐らく病に侵された身体にも効果はあるかと……」
「へぇ! 正しく”万能薬”じゃないか。でもこの世界って確か魔法があるよな? 回復魔法なんてものは存在していないのか?」
「レオンさんは一体……」
アレアのこの反応を見るとやはりこの世界において”魔法”と言う存在を知らないということは
”異端”なのだろう……
それほど自分ではファンタジーだと思う魔法が、この世界に根付いている証か……
「すまない、そのことは後で説明する。回復魔法は存在するのか? そのことを教えてもらえないか?」
アレアは煮え切らない表情をこちらに向けたが、気を取り直して話を続ける。
「わかりました……回復魔法はこの世界に勿論あります。回復魔法に特化した”
恐らくだが、そんな使い手は巨万といる感じでは無さそうだな。
「なるほどな……つまりその
「それだけではないと思います……」
「ん?」
「人魚の血には……魔法と違い”持続力”があります。私達の血が体内に入ることで、その者には驚異的にな回復力がその身に宿るのです。勿論私達にはそれと同じ効果が生まれた時から備わっております……」
「そいつはスゲェ」
「その為に相談役の人魚はいつも自分のことを攻め続けています。自分の浅はかな行動の為に人魚族を危機にさらし続けているのだと……」
「やっぱりその時に姿を見られているのか?」
「どうでしょう……上半身だけだったと思うと相談役の人魚は言っていますが、私達を模したネックレスをつけていたような人物です。関連付けるのは容易ではないでしょうか? 現にそれ以降、湖を調査するような人間種が時たまみられるようになったのですから……」
「なるほど……確かにそりゃ自分達を狙っていると考えるわな……」
しかしひっかかるのはその調査の規模か……
そんな効果をもたらす”人魚”の調査を時たまで済ますだろうか?
確信しているならばもっと大規模に行ってもおかしくないはずだが……
「あの……このことはくれぐれも……」
アレアは上目遣いに見つめている。
「ああ、心配するな。俺達から迷惑をかけたにもかかわらず、信頼してこんな大事な話をしてくれたんだ。そんなアレアの想いを無下になんてしないさ」
「あ、ありがとうございます!」
アレアの表情はパァッっと明るくなった。
「さて……アレアがそんな重要なことを今日初めて会った俺達なんかにしてくれたとなると、俺達もちゃんと答えないとな……」
俺はリプスに視線を送る。
リプスはやさしい笑みを浮かべると、しっかりと頷くのだった――
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