花想い

第1話 あなたを熱愛します

 つくつく法師が鳴いていた。

 まだ日は昇りきってはいないけれど、立っているだけでじんわりと汗がにじむ。

 スカートを握りしめそうになった手を、慌てて開く。

 緊張するとついやってしまうけど、プリーツがぐしゃぐしゃになってしまうから、今日は絶対にダメなのだ。

 そっとスカートの裾をひっぱる。ついでにリボンタイをちょんちょんと整える。油断すると曲がってしまうリボンタイ、気が付いたら肩にリボンが乗っていて、学校で大笑いされたことは忘れられない……。


 じゃなくて! いつまでもこうして立っているのもおかしいよねっ。

 第一、早くしないと遅れてしまう。

 だけど……。


 花がいっぱい乗せられた可愛いワゴンの横で、女の人がバケツに水をくんでいた。白い大きな花のバレッタで、柔らかそうな長い髪をゆるく束ねている。

 見つめすぎたのか目があってしまい、彼女はふんわりと口元をゆるませた。


「何か、お探しですか?」

 そして、とうとう声をかけられてしまった。

「えっと、えっと……!」

 いつもそう。肝心な時にこんな風にテンパってしまう。

「あ、ばら、バラはありますか?」

「バラですか……?」

 店員さんが視線をゆっくりと移動させた。つられて視線の先を追うと、お店の中のショーウィンドウには、たくさんの花が飾られていた。

 もちろん、そこには何種類かのバラも並んでいる。つい値札を探してしまうのは、お財布の中身を思い出したから。

「ございますよ。でも、本当にバラにされますか?」

「……え?」

 そんなことを聞かれるとは思わなかった。思わず、視線がさまよう。


「今から学校ですか? 部活かしら」

 制服だし、やっぱりそう思うよね。でも、今日は違うの。ぱたぱたと両手を顔の前で振った。

「あ、じゃなくて。試合の応援に……」

「激励のプレゼントですか、素敵ですね。では……」

 すっと目の前に、真っ赤な大輪の薔薇がさしだされる。

「たとえばこちら、一輪でも存在感があるお嬢様のバラ」

 かたかたと小さな脚立を寄せると、お姉さんはその上に薔薇をそっと置く。

「そしていくつか束ねて、可愛らしいミニバラ」

 お姉さんの手が素早く数本の茎を輪ゴムでまとめて、隣に小さな束が並べられる。

 確かに花のサイズが小さいから、一つじゃインパクトが薄いよね。……安いけど。

「それから、カーネーションの素敵なミニブーケ」

 最後にワゴンから抜きだされたのは、すでにラッピングされたカーネーションのブーケだった。

「バラはもちろん素敵で、豪華です。でもこの三種類、大体同じお値段なんですよ」

 私は思わず、花とお姉さんの顔を何度も見比べた。



 走らないように気を付けながら、でも早足で学校に向かう。

 今日は先輩の最後の試合。

 今日で引退してしまう、大好きな、大好きな先輩。


『バラの花言葉、ご存知ですか?』


 お姉さんの声が頭の中でくりかえされる。


『赤いバラとか、すごく有名ですものね』


 手の中で、ピンクのカーネーションがゆらゆらと揺れる。


『でも、カーネーションも色ごとに花言葉があるんですよ』


 可愛くラッピングされたブーケの中からのぞいたメッセージカード。

 裏にはカーネーションの花言葉が書いてある。

 気づいてくれるかどうかは分からないけど、でも、自分でもちょっと思った。

 私には大きなバラよりも、こっちの方があってるって。


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☆カーネーション-CARNATION-


種 類 - ナデシコ科

原産地 - 南欧、西アジア

花 色 - 紅・桃・白・黄・絞り

花 期 - 夏~秋

花言葉 - あなたを熱愛します(桃色)、他多数

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