サドルとボトルとジャージと
須磨恵一
集結 その1
二原市―人口およそ60万の地方都市であるこの街は、自転車産業で栄えている。
その中でも、アドベントサイクルは、シティサイクル、MTB、クロス車、ロードバイク車…世間に流通する自転車の大概の車種を生産し、市場に卸し、販売までを行うこの世界の自転車業界では経営規模の大きな会社である。
ある年の夏、二原市を拠点とする鉄道会社である二原高速鉄道の代表・須磨恵一は、アドベントサイクルの会長である湯殿孝光に呼ばれて湯殿の邸宅を訪れていた。
彼がかれこれ30分ほど邸宅の応接室でロードバイクのカタログなどを眺めていると、
「待たせたね」
と言って、湯殿が須磨の前に姿を現した。
「ご無沙汰してます、タカさん」
「なあに、かしこまらんでいいさ。それより、ここに来てくれたってことは―」
「高鉄もスポンサーになりますよ。これも地域支援活動の一環と思えば」
「決して高い投資じゃない、ってか。ハハハ、なら期待に応えなくちゃな」
そう言うと、湯殿は丁寧に作られた冊子を須磨に手渡した。
「…なんです、これは?」
「アドベントレーシングの計画書だ。…俺のボンクラ息子とボンクラ孫息子をチームに引き入れる」
「…かなりさらっと言ってのけますね」
湯殿の言うボンクラ息子は海外のサイクルロードレースチームでヘッドコーチを歴任している『世界のユドノ』こと湯殿孝昌、ボンクラ孫息子はその孝昌の息子、湯殿潤と湯殿孝宏だ。
「ボンクラじゃないと思いますよ。むしろ引き抜けるんですか?」
「もう手は打ってある。孝昌も潤も孝宏も全員単年でそれぞれのチームと契約している」
たしかに、その年の10月にはには一部のスポーツ系情報サイトが、3人が3人ともヨーロッパのチームを去り、国内で新たに結成されるロードレースチームに設立メンバーとして加わる、という報道がされた。
ジャパンカップが終わった翌々日、湯殿は声高らかにアドベントサイクルと二原高速鉄道の共同出資で『アドベントレーシング』の設立を宣言した。
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