風の盆

鈴藤美咲

息は強く吹く


「採用となれば、パートタイマーですよ」

「ええ、構いません」

 春の花が散り、新緑の薫りが鼻をひくつかせる町の中にある工場の面接室。児島由香は正面に座る青年に素っ気なく返答をすると湯呑みを手にして茶を啜る。


「僕は岡村晴一と申します。明日からよろしくお願いします」

 岡村晴一が一礼をすると、児島由香は茶托に湯呑みを置いて椅子から腰をあげる。


「任せてください」

 児島由香は笑みを湛えて言う。



 ***


 自信ありげな態度を示したものだ。と、事務所のデスクで岡村は先程面接を受けた児島由香の履歴書の文字を目で追いながら思う。


「良いのですか? 試用期間無しでの雇用だなんて」

 岡村の隣に座る総務課の河原誠が口を尖らせる。


「国立大学を卒業して時期外れの就活だった筈だ。理由は兎に角、我が会社にとっては貴重な人材となる」


 岡村は河原に履歴書を渡すと腰に装着するホルダーから携帯電話を抜き取る。


「デートの催促ですか?」

 盆を抱える女性事務員が岡村の携帯電話の画面を覗き見る。

「バカちん」と、岡村がはにかむと女性事務員は吹き出し笑いをしながらマグカップを差し出す。


 岡村は携帯電話を操作しながらマグカップの中身を飲み干す。そして、パソコンの電源を切って椅子の背もたれに掛けるグレーのジャケットの袖に腕を通すと紺色のスラックスに貼り付く埃を手で払い落として立ち上がる。


 岡村は「今日はお先に失礼します」と、言って事務所を後にする。



 ***



 児島由香は自宅で家族と夕食を取る。


「ごちそうさま」

「由香、後片付けっ!」

 母親に呼び止められる由香の顔が険しくなる。


「今日、就職先が決まったの。明日から働けるから準備があるのよ」

「それとこれとは別。そして、そんなぶっきらぼうな態度を会社で見せたら大変な思いをするのはあなたなのよ」


 由香は鼻の穴を広げて母親を睨み付ける。

「お母さんは私がどんな思いをして仕事を探していたなんてわかってなかったのねっ!」


「由香っ!」


 対面式のキッチンを出る由香が閉める扉の音に激怒する母親が啜り泣きをするーー。



〔ヨツバクリーン株式会社 社内マニュアル 〕


 由香は自室に入ると布団の上で面接官から渡された小冊子の頁を捲る。


 ◎誰もがもっとを目指しましょう。


 社訓とも受け取られる文字に由香は唇を噛み締める。


 ーーパートタイマーですよ。


 面接官の男の言葉にも頭にきたものだ。と、由香は小冊子を壁に目掛けて投げ付ける。


 男の名前は岡村晴一。会社では役職の立場だろうが、印象がそんな気になれない。


 目が嫌らしくていかにも女好き。恐らく今日赴いた会社では『彼奴』を取り巻く女性がいる筈だ。


 負けたくない。私は絶対に彼奴を越えてやるーー。


 時を鳴らす音が11回。


 由香は聞き終えると、足音をさせないように浴室へと向かって行く。






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