25

 さて、ついに九人目を迎える。

 その子は、どうやったらそんなに膨らむの? というほど緩くスカートを翻し教室に入ってきた。

 よくわからないけど、オーラなのか、なんなのか、ぴよぴよと囀る小鳥が数羽見えた気がする。

 椅子に座り、ボブカットに合わせてなのか生え際近くでぱつんと切り落とされた前髪に手で触れ、まるで隠れることのない両目をこちらに据えている。

「それじゃあ始めていいかな」

 どっこいしょ、なんて、わざと言っているようにしか見えない勢いをつけて腰を下ろすと、彼は言う。

「はい。僕はいつでも」

「私もダイジョブです」

 それを聞いて、

「じゃあ、押します」

 ストップウォッチをスタートさせる。

「九条くるみです」

 そばかすなのかそばかす風なのかはわからないが、その点々が散在する頬は過剰なチークでりんごのようだ。

 幾何学的な模様をしたタイツの上に、脛の半分にも届かない短いソックスを履いている。スカートは座って尚膝を隠す程度の長さ。制服を着崩してはいないが、胸ポケットにはゴリラだかチンパンジーだかのデフォルメされたワッペンが付けられている。

「長嶺零斗です」

「よろしく」

「こちらこそ」

「長嶺くん、今までの八人を見てきて、どう思った?」

 唐突に質問を繰り出され、狼狽。

 自分のことを聞いてくる人は居たが、他人への評価を気にしたのはこの子にして初めてだった。

「どうって」

 うまい返事を考えるために口ごもっていると、

「みんな可愛かったでしょ」そんなことを言って微笑んだ。「みんな私の自慢のお友達なの!」

 ゆるゆるふわふわ。

 なるほど癒し系の分類に属されるタイプかもしれない。

 それでいて、これはもしやと思っていたけれど、

「カメラとか好きですか?」

 僕が全く流れを無視した質問をすると、

「うん! どうしてわかったの?」

 やっぱりね!

「森のくまさん」の「お嬢さん」的な人間、すなわちこれが「モリガアル」というやつか。

 モリガアルくるみちゃんはある意味ではいちかちゃんと似たような性質の女の子で、自分の中の「可愛い」に則って行動しているように思われる。ともすれば余計とも思われるような身振り手振りを惜しげもなく使いながら、最近買ったデジタル一眼レフの高性能さを披露している。

 ただいちかちゃんと違って、この手のタイプの女の子の面倒なところは、

「でも私、やっぱりみんなを撮ってると思うんだけど、撮られる側の資質はないなあ、なんて思うの」

 これである。

 この謙虚ぶりっ子である。

 私、自分のこと可愛いと思ってないからあ。という、これである。

「そんなことないよ」

「ええー、そうかなあ」

 ムミュールとはまた別の、面倒くささ。

 疲れも相まって、やや辟易。

「長嶺くんお疲れだね?」

 それをすかさず察知する。

「いやいや、とんでもない」

「これ」と言ってがさごそとポケットを弄った。「あげる」

 取り出したのは錠剤で、御子野瀬さんが不審にそれを見咎めたが、ひとまず受け取る。

「ありがとう」

「怪しいものじゃないので」御子野瀬さん向けて言うように、慌てて付け加える。「一錠で元気モリモリ~系のやつです!」

 御子野瀬さんはそれには答えず身を引いて、

「あと二分」

 例の如く言う。

 くるみちゃんはまたしても慌てて、

「はやい! あっという間だあ」

 呟いた。

「今までも、同じ質問をさせてもらっているのですが」彼女自身が前例を同列に並べたためそんな切り出し方をする。「僕と結婚したら、何してくれます?」

「そうですねー。じゃあいっそ、森に住みましょう」

 そうあっけらかんと笑ったので、呆気に取られた。

 くるみちゃんは微笑みを向けてくる。

「馬鹿な女だなあと思うかもしれませんが、私にはこのやり方が今のところ合っているんですよ。ほかの人がどう思っているかなんてことも重々承知です。でも人間、生きていくにはキャラクタが必要なんですよね。変な話、私、個性派気取りの無個性なんで、長嶺さんの好きなものに簡単に転身できますよ。お望みならば。あ、でも、ばっちりメイクを落としたすっぴんに、がっかりしないでくださいね?」

 彼女は何も言わず、御子野瀬さんが声を掛けるのも気にせず、時間より僅かに早く、退出した。

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