ナジマ教授の三つの難題
第70話 傭兵淑女の無益な半日(1)~間の悪い日
(今日は間が悪い日なのでしょうか……)
何をやっても上手くいかない。
いや、いかないという程でもないのだが、どうにもタイミングが悪い。
今日は朝からそれがやけに続いていた。
朝の稽古を終えて、宿で朝食。
ここまでは何の問題も無かった。
用事も特に無かったので、まずはグウェンの診療所に向かうことにした。
弟子のバドの見舞いだ。
グイードとの決闘から三日、毎日様子を見に行っている。
グウェンによれば、術後の経過は順調だが、当分は動けないだろうとのことだ。
ところが――。
「すいません、リサさん。先生もバドさんもまだ寝ちゃっていまして」
弟子のココは申し訳なさそうに頬を指で掻いた。
「先生はお仕事で?」
「いえいえ。昨日の夜、近所の人がいい鶏肉が手に入ったって持ってきてくれたんです。で、いつものように井戸の前で宴会が始まっちゃいまして」
近隣からは他にも様々な差し入れがあり、中には当然のように酒もあって、皆で夜ふけまで騒いでいたそうだ。
グウェンは当然のように最後まで呑み続けたらしい。
「そうですか……バドの様子はどうです?」
「特に変わりありませんね。よく寝ていますよ。まだ食事が摂れなくて薬湯ばっかりなのはさすがにウンザリしていますけど」
「世話をかけます。他に何か言っていませんか?」
「ああ、文句といえばあたしに下の世話をされるのが死ぬほど恥ずかしいって涙ぐんでいましたよ。そんなのあたし、慣れっこなのに」
致し方ないこととはいえ、バドの気持ちは大いに理解できる。
大の男が年頃の少女にそちらの世話をしてもらわざるをえないというのは、やはり耐え難いことだろう。
涙ぐむほどの事かどうかといえば、少々大げさだとは思うが。
(グウェン先生はお休み中ですか……例の件もお話しようと思ったのですが)
例の件とは『魔薬』のことだ。
バドの一味が所持していた『魔薬』と『麻睡散』。
その出所が気がかりだったのだ。
いずれも容易に手に入る品ではない。
(ともかく、また後日に致しましょう。火急の話でもありませんし……)
リサはあくまでも一介の傭兵だ。保安隊員ではない。
(モーリーン様のお耳に一応入れておきましょうか……)
あまり気は進まなかったが、グイード邸での件で「空いている時に顔を出せ」と言われている。
面倒ごとはなるべく早めに済ますのがリサの流儀だ。
ということで、保安隊本部へ向かったのだが――。
「ん? リサじゃねえか。おい、そんな嫌そうな顔すんなや! 傭兵風情が生意気だゾ?」
「ああ、リサじゃ~ん。相変わらず処女? 今晩どぉ? 一発やらせてよ~」
本部正門前で、最低最悪の二人組に出くわしてしまった。
向かって右側、褐色肌の長身の男はガエル。
首筋にはサソリの入れ墨を彫り込み、人相は凶悪そのもの。
細剣で自分の肩を小刻みに叩きながら、歪んだ笑みを浮かべている。
どう見ても下衆なチンピラだが、これでもれっきとした保安隊員だ。
その隣、背丈こそガエルより低いものの、横幅が常人の倍近い偉丈夫がラモン。
大鬼族の血が入っているらしく、額からは小さな角が生えている。
笑顔で品性下劣な挨拶を投げかける姿からは信じ難いが、こちらも保安隊員だ。
(ああ、何でまたよりによってこの二人に……最近は見かけませんでしたが……)
東南区で悪名を垂れ流し続ける二人組――通称『獄犬』。
二人は表社会でも裏社会でも蛇蝎のごとく嫌われている。
傭兵仲間のディノとモニカも、
「ああ、あいつら早く保安隊クビになンねえかな! そしたら速攻で殺しにいくのに」
「バカ犬もたまには良い事を言う。奴らが死んだら、あたしは墓の前で大宴会を開くぞ」
などと言うほどだ。
ともかく、良い評判などついぞ耳にしたことが無い。
ガエルは短気な暴れ者で、街の巡回をすると「居合わせた人間は完全に奴が通り過ぎるまで息を止める」と言われている。
何一つやましいところがない堅気の者であっても、この悪徳保安隊員は気分次第で絡んでくるからだ。
ましてスネに傷持つ者に至っては、彼の視界に入るより先に遥か彼方まで逃げ出すという噂まである。
加えて酒グセが悪くバクチ好き、金には汚いと、およそ人として褒める要素が見当たらない男だった。
「おいらは喧嘩好きだけどよ、あいつは暴力が好きなンだ。相手がガキだろうが女だろうが気に食わねえと殴る蹴るだからな。しかも保安隊員だから誰も手が出せねえ。最低のクソ野郎だよ。一秒でも早く死ンだ方が世の中のためだって!」
というディノの評が、的確にその人間性を表現している。
その相棒のラモンといえば、こちらもやはり暴力沙汰の絶えない男だ。
だがそれだけではなく、どうしようもないぐらい異常な女好きとして有名だった。
しかも、年端もいかない少女から孫のいるような熟女まで、見境なしに下品な言葉を投げかけまくる。
リサもこの一年間で何度不快な思いをしたか分からない。
「奴は頭がおかしい。一年中発情期のケダモノが、保安隊の制服を着て野放しにされているのだぞ。街の治安を守るのが保安隊員の役目とモーリーンはよく言っているが、それならまず奴を去勢するか処刑するべきだ。街の女全員が笑顔になれる」
というモニカの酷評にも頷くところしかなかった。
(続く)
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