第69話 終わり良ければ総て良し
互いの右手を固く握り合った二人が、低く唸りながら力を込める。
観ているこちらまで思わず身体が熱くなってしまうような迫力だ。
「やれ、ロッコ! 一気に押しつぶせぃ!」
「ウーノ! 負けるな!」
競技者二人、それぞれの後ろでヴァスコとお坊ちゃまが声援を飛ばす。
どちらも拳を固く握り締め、まるで自分が戦っているかのような熱の入れようだ。
だが――。
(はあ……勝負はすでに、決まっているのですよね)
立会人として真剣な表情は一切崩していないが、内心では『一仕事』終えて安堵すらしていた。
この勝負はいわゆる『八百長』なのだ。
たとえどちらが勝っても、この場は収まらない。
ロッコが負ければ今度はヴァスコが弟の仇とばかりに出てくるだろうし、ウーノが負ければお坊ちゃまは剣を抜きかねないだろう。
それでは意味が無い。
誰かしらが怪我、下手をすれば命を落とすことになる。
だから勝ち負けがついてはいけない。
それこそ、双方とも『勝っても負ける』状況なのだ。
彼らに気づかれずに、勝敗を決することなく『決着をつける』必要があった。
そのためにリサが目を付けたのが、砂時計だった。
普通ならば、時間制限など設けずに白黒つくまで戦うのが腕相撲だ。
そこに砂時計を持ち込むことで、灰色の決着に導く。
問題は趣旨を対戦者が呑み込んでくれるか否かだったが――。
「どうしたロッコ! ほれ、ねじ伏せてしまえぃ!」
「ええいウーノ、何を手こずっておる!」
どうやら問題はなかったようだ。
ロッコもウーノも、はち切れんばかりに腕の筋肉をみなぎらせ、カウンターががたがた揺れる程に力を込めている。
だが、競技開始からどちらの側にも傾いていない。
彼らは全力で、『真剣勝負』を演じてくれているのだ。
そして――。
「それまでっ!」
砂時計の砂が完全に落ち切ったのを確認し――大事なことだ、後で難癖をつけられても面倒になる――リサは勝負終了の宣言をした。
競技者二人が、同時に力を抜いた。
玉のような汗が顔じゅうにびっしりと浮き出ている。
誰がどう見ても、本気で戦い抜いた様子に映るだろう。
完璧な演技だ。
その後ろで、当事者二人ががっかりしたように肩を落とす。
「引き分けですね。それにしても素晴らしい戦いでした。まさに大力無双といったところでしょうか。ではお互い、健闘を称え合ってくださいませ」
無口な二人が、手を解かぬままじっと見つめ合う。
言葉など不要、といったところだろうが、この辺りもリサの想定通りだった。
ここでかえって不意不要な一言を口にすれば、後ろの二人が乗ってきてしまう。
ウーノとロッコ、『大人』の二人が互いの左手で肩を叩き合った。
「ぬう……まあ、致し方あるまい。御苦労、ウーノ。帰るぞ!」
「けっ、若僧が……二度とワシの店の……ん?」
また悪態をつきかけた兄の肩を、微笑を浮かべてポンポンと叩いた。
「兄者、今日はもう店じまいにして酒を呑もう」
若者とウーノが店を出ていくのを見送ると、リサはようやく肩の力を抜いた。
「お疲れ、リサ。上手くやったな。それにしても、喋りたいのに喋れないというのはなかなか苦痛なものなのだな」
まるで他人事といった口ぶりのモニカの隣に座り、両頬を指先でぷにっと突く。
「こら、リサ。さっきもそうだが、あたしのほっぺたで遊ぶな」
「いや面白いんですよ、これ。今後は暇な時は、貴女の頬で遊ぶことにしましょう」
「何だそれは。いくらあたしが可愛いからって、犬猫みたいな扱いはするな」
「はいはい、かわいい、かわいい」
眉間に皺を寄せるモニカの頭を撫でると、お返しとばかりにリサの頬をつまんできた。
「……うむ、なるほど面白いな、これは。リサのほっぺたは良く伸びる」
「……太ってませんよ?」
「何をいちゃついておるんじゃ、お前さん方は。ほれ、今日はもう店じまいじゃ。とっとと帰らぬか!」
「嫌だ。酒を呑むのだろう? せっかくだから付き合ってあげるぞ、爺ちゃん」
「ったく、この酔いどれ娘めが……おい、ロッコ! グラスを二つ追加じゃ!」
結局リサは、昼日中から夜ふけまで酒豪三人と共に飲み明かすことになった。
成り行きとはいえ、
(買い物にお付き合いするだけだったのですが……本当に、何かといえば揉め事に出くわしますね、私は。なぜでしょう?)
ドワーフ族特製の強い蒸留酒をじっくりと味わいつつ、リサは自分が何か変わった星の下に生まれたのではないかと思案を巡らせていた。
(短編1『傭兵ショッピング』完)
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