第66話 思った以上に面白かった
「で、うちに一体何の用じゃ? 買入れか、手入れか? 冷やかしなら帰ってもらうぞ」
「我が家に伝わる名剣の手入れを頼もうと思ったのだ……が、こんな駄物ばかりを並べた店では、我が剣の真の価値も分からぬであろうな」
顎を上げ、見下した視線をヴァスコに向けている。
この店の武具を駄物ばかりだと本気で思っているのならば、物の価値が分からないのはこの若者の方だ。
(ユニコーンを模した兜とか、柄に薔薇の象られた剣とかあれば満足なのですかね?)
収穫祭のパレードであれば、きっと衆目を集めるに違いない。
残念ながら、戦場では良い『目印』だ。
せいぜい「殺して分捕ったら高く売れるかな?」と思われるだけだろう。
モニカが隣で大袈裟な溜め息をついた。
一言も喋らない、という約束は守ってくれているが、あからさまな挑発だ。
だが、当のヴァスコは挑発どころではなかった。
「ほほう、駄物ばかりとな。では、一つ試してみるか? その『名剣』とやらで斬ってみるがいいさ。そのお上品な得物がポッキリ折れなければいいがのう」
完全な喧嘩腰だ。
日頃から『うちの子たち』と称して愛する武具を、こともあろうに駄物などと罵ってしまったのだ。
もう、ただでは済まない。
「なっ……我が家に伝わる名剣を侮辱するか! 爺め、後悔することになるぞ!」
剣の柄に手をかけた。
これはまずい。
抜けばもう、本当に引っ込みがつかなくなる。
リサは椅子から少し腰を浮かせ、杖を右手に握ったまま様子を窺った。
だが――。
「若様、どうかお怒りをお収めくだされ……」
店の鈴が鳴った。
長身の男が若者の背後に現れ、静かに声をかけた。
年の頃は四十代半ばといったところだろうか。
白髪交じりの焦げ茶色の短髪で、
(額に古傷が沢山ありますね……それに頬にも……)
一目見て、修羅場を知っている者だと直感した。
腰に年季の入った長剣を差している。
強い気配はまるで感じられなかったが、今まで店の外で待機していたのだろう。
ともかく、分別のありそうな人物が間に入ってくれたことにリサは安堵した。
(最初からこの方がいてくださったら、ここまで揉めることもなかったでしょうに……)
だがおそらくは、店に入る前に、
「若様、ここは私にお任せください」
「うるさい、いつまでも子供扱いするな! お前は外で待っていろ!」
というようなやり取りがあったのではないだろうか。
まるで幼児の初めてのお使いのようだが、若者の精神年齢は子どもそのものと言われても致し方ない。
男が耳元で二言三言ささやくと、若者が露骨に顔をしかめて舌打ちをした。
やれやれとリサが腰を下ろすと、男と目が合った。
目礼をしてきたので、リサも軽く頷いて返す。
若者と主従関係にあるのは間違いないが、きっとこれまでもいらぬ苦労を重ねてきたことだろう。
心の底から同情した。
「ふうむ、なかなか良い面構えの男ではないか。戦を知っておるな?」
ヴァスコも少し機嫌を直してくれたようだ。
だが、安心できたのも、つかの間のことだった。
「おぬしほどの男が、わがままお坊ちゃまの世話係とは情けない。どうじゃ、いっそ傭兵でもやってみぬか? 腰の得物もその方がきっと喜ぶじゃろうて!」
(なんで余計なことを言うのですか、ヴァスコさん! ほら、お坊ちゃまも顔をひきつらせていますし、男の人も何と答えていいか困っているじゃないですか! まったくもう……って、モニカ?)
思わず頭を抱えたリサの隣で、モニカが無表情のまま席を立ち、カウンターの短剣を手に取った。
止める間もなく、
タン!
店内の険悪な空気などまるで無関心、といった様子で的に投げつける。
怪訝そうな顔の若者が、結果を見て鼻で笑った。
モニカの投げた短剣は的にこそ刺さったものの、中心を大きく外れていたのだ。
(……え? まさか……)
困惑するリサをよそに、モニカは顔色一つ変えぬまま、ひょいひょいと他の短剣を投げていく。
すぐにリサは、彼女の『意図』を察知した。
(あああ、もう、貴女という人は……)
すべてはもう手遅れだった。
「なっ……き、貴様っ!」
「ぶっはっはっ! やるのう、お嬢!」
歯ぎしりする若者と、豪快に笑い転げるヴァスコ。
的に刺さった短剣で、モニカは『ガキ』と描いていたのだ。
卓抜した技術によって成し得る技であることは間違いない。
だが、どう考えても高度な技能の無駄遣いだ。
(この場で喧嘩を焚きつけるようなことをしてどうするのですか! ん、何ですかその目は。一言も喋ってないだろうって? もう……)
しれっとした顔で隣に座ったモニカの両頬を、手で軽くつまむ。
つやつやした白い肌は、予想よりもずっともちもちしていた。
意外にもモニカが無抵抗だったので、お仕置きの意味をこめて少し横に伸ばしてみる。
思った以上に面白い顔になった。
(って……遊んでいる場合ではありませんね)
(続く)
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