傭兵ショッピング
第63話 二人で仲良くお買い物
グイード邸でのバドの決闘から二日後――。
リサはモニカと共に、鍛冶屋通りの『ヴァスコとロッコの大鉄槌』を訪れていた。
ここは武具の販売と修繕を取り扱う、傭兵御用達の店だ。
ドワーフ族の兄弟ヴァスコとロッコが経営している。
二人は三十年以上前に北方から帝都に移住し、以来この場所で店を続けているという。
店の壁には槍、刀、矛、楯などが整然と掛けられ、床には鉄鎧や鎖帷子といった防具がずらりと並んでいる。
それぞれ値札が付いているが、相場を知らない者が見れば目を剥くことだろう。
だが、店主のヴァスコに言わせれば、
「命を預ける物、命を奪う物の値が高いのは当然じゃ。そもそも、そこらの数打物や見栄えだけのナマクラと、うちの子らを一緒にされたら困るわい」
とのことだった。確かに彼らが自負する通り、リサの目から見ても業物揃いだ。
華美な装飾の施された物は皆無で、あくまでも実戦向けの武具しか置いていない。
もともとドワーフ族は、手先が器用で鍛冶や石工に通じている妖精族だ。
鉱床を見つけ、採掘し、精錬する独自の技術も有するため、帝国の国土庁資源局にも長年に渡って一族が顧問として雇われているという。
彼らの技術者としての腕前は帝国全土に知れ渡っていて、
「たとえ嘘でも『ドワーフ製』と付けたら倍の値段で売れるからな」
などと、傭兵の師匠が冗談で言うほどだ。
この店が高額ながら傭兵たちから重宝されているのも当然の話だった。
(もっとも、私はあまりお得意様ではありませんが……)
主武器が杖で、皮鎧を着用しているリサには、それほど縁のない店ではある。
だが、以前に護身用に使っている短剣を打ち直してもらったところ、驚くほど切れ味が増したということもあった。
今日、この店を訪れたのはモニカの付き添いだ。
「リサ、暇ならちょっとドワーフの爺ちゃんたちの所に行かないか?」
クロスボウの手入れと矢の補充をしたい、ということでリサも同行したのだった。
もちろん特に用が無いということもあったが、彼女が日頃どのように武具を扱っているのかにも少し興味があった。
「ドワーフの爺ちゃん、これちょっと歪んできたみたいだ。直してくれ」
カウンターに座ってのモニカの第一声に、リサは驚いた。
手渡されたクロスボウに、ヴァスコが念入りに四方八方から目を通す。
「……ううむ、床木に歪みがあるな。湿気を吸いすぎたかのう。お嬢、日々の手入れは怠っておらんじゃろうな? うちの子を乱暴に扱ってはおらぬか?」
「誰に向かって言っているのだ、爺ちゃん。手入れは毎日やっているぞ。長く使えばいずれは壊れる。その前に気づかぬ者は死ぬ。武具とはそういうものだろう」
淡々とした口調でモニカが答えると、口の周りから顎の下まで白髭をたっぷりとたくわえたドワーフは愉快そうに笑った。
「これは失礼したわい。まさにその通り。お嬢は物の道理をわきまえておるな」
「ほんの少しだが右に曲がる。直せるか?」
「誰に向かって言っておるのじゃ、お嬢。だが、床木を入れ替えるだけでは不十分じゃろうて。一度全部バラシて整備した方がいいな」
「任せた。代わりのクロスボウはあるから、時間をかけて完璧にやってくれ。あと、矢が足りなくなってきた。補充したいから、あるだけ持ってきてくれ」
ヴァスコが店の奥に入ったところで、リサは尋ねた。
「ねえモニカ、曲がるって言っていたけれど……気づいたのは一昨日?」
「うむ。最初にあいつらのリーダーを仕留めたろ? あの時に違和感があった」
南区における、バドを追う悪党どもとの戦いだ。
小屋に集まった連中に不意討ちを仕掛け、最初に二人を瞬く間に葬った時の話になる。
すでにあの時点で、モニカは得物の異常に気付いていたということだ。
「ちょっと待って……その後も二人、あっという間に片付けていたでしょう?」
「全部で四人な。ズレといっても、急所を外すほどのものじゃない」
これぐらいだ、と言って親指と人差し指で示したが、隙間が見出せない。
ほんのわずかな違いに過ぎないということだろう。
「もしかして、あの大男に避けられたのも……」
「いや、あれはあいつの反応が凄すぎたからだな。それに、あの段階ではもうあたしの中で修正ができていた」
「修正、ですか。凄いですね……」
「そのぐらいは当然だ。状況によって変えるのはリサだってやるだろう? あたしもそうだ。風の方向と強さ、敵の背丈に動き……他にも考えるべきことは沢山ある」
戦いの場では、刻々と状況が変化する。
それに対応して最善の手を打つのが戦の基本だ――と、理屈ではいくらでも言えるだろう。
実行できる者は数少ない。
「では、あの『奇跡の一矢』も、その前の両目を射抜いたのも……」
「あれはなかなか厳しかった。だが、修正はできていたからな。いつもと同じことだ」
自慢するわけでもなく、遠回しに武威を誇るでもなく、本当に当たり前のことを当たり前にやっただけ、という口調だった。
まるで、出された料理に一味足りなかったから塩を少しかけたぐらいの感じだ。
だが、そのほんの少しの差が、生きるか死ぬかの場面では大きな差に繋がる。
それが分かっているからこそ、モニカは修理を依頼したのだ。
(続く)
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