第42話 暴れ熊の馴らし方(4)

正面の男に、紫電流杖術表芸の一・雷破。

胸骨の真下の窪みに鋭い突きを入れた。


「ぐほっ!」


思い切りよく踏み込んだ一撃を受け、髭面の男が後方へ吹き飛ぶ。

昨日の喧嘩の際には見かけなかった男だった。

だが所詮は同じ穴のムジナ、容赦なく叩きのめして問題はないだろう。


リサの奇襲に、男たちが立ちすくむ。

その刹那に敵の全容をざっとではあるが把握できた。

昨日の四人組に加え、もう一人がっちりとした体格の南方人がいる。

たった今倒した男も含めて全部で六人。

弓やクロスボウで武装している者はいない。長柄物もない。

間合いだけなら、リサが一番有利だ。

といっても、囲まれたらさすがに厳しい人数だ。

もちろん、そう易々と包囲されたりはしない。


態勢を整えさせる暇は与えたくない。

リサは真っ直ぐに、右手の小柄な男に向かった。

バドを刺した男だ。

昨日と同じように短刀を構えている。

得意な武器なのかもしれないが、不意を突かれて棒立ちでは意味がない。


「痛っ!」


紫電流杖術表芸の六・水晶割。

手の甲を真上から強かに打ち据え、短刀を叩き落とす技だ。

紫電流は徹頭徹尾、人体の中でも特に骨の弱いところ、もしくは鎧の隙間となる部位を狙う。

痛みで短刀を取り落としたところに、体重を乗せた前蹴りを腹に入れた。

口から吐瀉物を撒き散らしながら、ゴロゴロと転がっていく。

それを横に跳んで避けた小太りの男が、縄を巻いた棍棒を振りかぶった。

リサは静かに構えて正対しつつ、他の三人に素早く目を走らせる。

いずれも動揺を隠せない様子だ。

不意討ちを受けたこともあることながら、リサの手並みに驚いてもいるのだろう。

こんなはずではなかった、と後悔しているに違いない。


「退きなさい! すぐに私の仲間が来るわよ!」


凛とした声で告げた。

リサの目的は彼らを全滅させることではない。

何よりも、奥の部屋で眠るバドとグウェンの身を守ることが第一だ。

彼我の戦力差を鑑みれば撤退させるだけで十分である。

いくら腕のいい外科医がすぐ近くにいるとはいえ、こんなところで無駄に怪我を負いたくはなかった。


そのためには、彼らを怖気づかせる必要がある。

ここでもし侮られたら、嵩にかかって襲ってくるだろう。

男たちは互いにチラチラと意向を確かめ合っている。

だが、なかなか動こうとはしない。


(迷っていますね……それはそれで好都合ですよ?)


時間が稼げれば稼げるだけ、リサにとっては有利な状況となる。

診療所の奥に行かせたロッテは、恐らく裏口から抜け道に出て誰かを呼びに行ったに違いない。

抜け道は大人一人が抜けるには若干狭いが、小柄で敏捷な彼女なら苦も無く駆け抜けているだろう。


(どうやら最初の髭男がリーダー格のようですね)


男たちの困惑しきった目が、悶絶している髭面に何度も向けられている。

この集団の行動の決定権は彼にあると思われた。


「手遅れになりますよ? 保安隊が来たら貴方たちには都合が悪いでしょう?」


指示を待つ男たちに、助け舟を出してやった。

男たちの額に、じわじわと汗が滲み出ている。

リサは気を抜くことなく、いつでも攻勢に出られる構えを取った。

しかし、自ら踏み込みはしない。

心理的には確実に優位に立ったが、『数的優位』はそう簡単に覆せるものではないからだ。

ここで一網打尽にできれば、それに越したことはないだろう。

だが、あまり欲をかけば痛い目に遭うのが戦闘のセオリーだ。


「ここで退けば、追ったりはしませんよ。ただ、この診療所には金輪際近づかないことですね。二度も見逃す程、私はお人好しではありませんので」


淡々とした口調で、逃げ道を提示する。

一番膂力のありそうな南方人が、苦しげに息をする髭面に肩を貸した。

リサがなおも動かない様子を確認すると、


「くそっ、覚えてろよ!」


このような場面における定番中の定番の捨て台詞を残し、男たちは小路を走り去っていった。

深追いはもちろんしない。

他に誰かいれば、尾行を任せているところだが。


(そりゃまあ、もちろん覚えておきますけれどね。脳天気に忘れるようでは、この世界では生きていけませんから)


好むと好まざるとに関わらず、人の恨みを買うのが傭兵稼業だ。

名前はともかく、相手の顔だけは絶対に忘れてはいけない、と傭兵の師匠からも教わっている。


彼らが去ったのを確認し、一息ついたところで、


「お前さんが暴れるところ、久々に見たなあ。いやはや、素人のあたしから見ても大したもんだよ。お見事、お見事」


背後からグウェンが声をかけてきた。

まだ寝足りなかったようで、しきりに欠伸をしている。

緊張感の欠片も感じられないが、それだけリサの武威を信用してくれているのだろう。


「お休みのところ失礼したしました」


「失礼なのはあいつらの方だろ? あたしの診療所に昼間っから殴り込みとはふざけた奴らだよ。あれがバドを刺した連中ってわけか? まあ、どいつもこいつも頭悪そうなツラしてたなぁ」


「実際、賢くはないでしょうね……ところで先生、先程の『暴れる』という言い回しはいかがなものかと思いますけれど?」


「……はは、お前さんも細かいことにいちいちこだわるねぇ」


ニヤニヤと笑う彼女の後ろで、


「……す、すげえ……」


寝台から身体を起こしたバドが、リサを感心しきった表情で見つめていた。

どうやら彼も、グウェンと同じく一連の立ち回りを目の当たりにしていたらしい。

彼の眼差しには、リサの武勇に対する純粋な尊敬の念が込められているようだ。

どう答えてよいか分からず、リサは曖昧に笑って目線を外した。

視線の熱さが何ともこそばゆい。


「なーにを照れてんだよ、リサ。で、ほれ、お前は昨日刺されたばっかの怪我人なんだからな! おとなしく寝てろっての、このバカたれが」


グウェンにどやしつけられ、バドがしぶしぶ寝台に戻る。

だが、チラチラと何度も、名残惜しそうにリサの方へ視線を飛ばしてきた。

彼の目に爛々と宿る光の強さに、リサは何とも言い難いむず痒さを感じると同時に、一抹の不安を覚えずにはいられなかった。


そして、例のごとく『嫌な予感』というものは見事に的中するのであった。


(続く)

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