第31話 その一撃に全てを懸けて(4)
一連の立ち回りに地下室の隅で怯えていた少女たちが、互いに顔を見合わせる。
目をキラキラと希望で輝かせたユキが先頭になって、リサについてきた。
(さて、そうは言ったものの……。どこから手をつけましょうかね)
ここは慎重にならなければならない。
今のところ武器になりそうな物は、男たちが腰にしていた短剣が二本、それにリサを拘束していた鎖だけだ。
少女たちを戦いに巻き込むわけにはいかない。
とはいえ、このまま地下室に待たせておくと、いざという時に連中が人質に使う可能性がある。
リサは気配を探りながら階段を一歩一歩進んだ。
階上に人のいる様子は無い。
どうやらあの二人には、万が一のために上に見張りを置いておくという発想はなかったようだ。
あのバカさ加減を見た限りでは、それも納得できてしまうが。
板を持ち上げ、闇の中で目を凝らす。
誰もいない。
耳を澄ませた。
夏虫の声が奏でるハーモニーに加え、本宅から野卑な笑い声がかすかに聞こえてくる。
酒盛りでもしているのか、それとも一応は寝ずの番などを置いているのか。
(まずは荷物を……というか、せめて杖だけでも取り返したいところですね)
今朝、グイードから受け取った報酬を含めた貴重品は、作戦決行前にロッテに預けてあった。
鎧も杖も、特注品というわけではない。
だが、やはり戦いになるならばなるべく普段使い慣れた得物を手にしたい。
(ああ、それと……元締から頂いた鉄扇もありましたね)
思い出してつい、笑みが溢れてしまった。
あの品もせっかくのプレゼントなので取り返しておきたいところだ。
それに、貰ったその日に無くすというのも失礼であろう。
ユキを小声で呼び寄せ、指示を与えた。
「いい、よく聞いてね。あそこに茂みがあるでしょ? そう、それよ。私がいいって言うまで、あそこに皆で隠れていなさい。もし、私以外の誰かが来たら、大声で私を呼ぶのよ」
「うんっ!」
大きく頷いたユキと、他の子供たちの頭を優しく撫でてあげる。
彼女たちの緊張が、若干であるがほぐれていくのが分かった。
(よしっ、行くわよ! ……っと!)
ユキたちが指示通り茂みに隠れたのを確認し、本宅に向けて忍び足で近づき始めたところで、リサは只事ではない気配を感じ取った。
無数の足音。
それに金属類の音も混ざっている。
音は川の方角からこちらに向けて真っ直ぐに近づいてきている。
手勢、しかも統率のとれた者たちだ。
(来ましたね! いや、もしかしたら保安隊?)
思わず駆け寄ってしまいたくなる衝動を抑え、冷静に成り行きを見守る。
それぞれ刀や棍棒、手槍などで武装した、黒ずくめの一団だった。
ざっと数えても四十人近くいる。
後方に、小柄だが一際強い気配を放つ男がいた。
(良かった! ありがとう、ロッテ!)
ザイツだった。
散歩でもしているかのような呑気な格好で、得物も手にしていない。
「おい! 囲まれてるぞ!」
「バカ野郎! 見張りは何してやがった!」
屋敷内から聞こえてくる、誘拐師どもの慌てふためく声。
文字通り、蜂の巣をつついたような騒ぎになっているようだ。
質、数共に劣勢の上に、不意打ちである。
どう考えても勝てる要素が見当たらない。
(これはもう、あっさり決着がつきそうですね)
ザイツは屋敷の入口にでんと構えたまま、特に指示を与えたりもしない。
だが、彼の手勢は流れるような動きであっという間に陣を組み、屋敷に向かって前進を始めた。
訓練も相当積んでいるようだが、それ以上に修羅場慣れしているのは明白だ。
(それに引きかえ、まあこの連中ときたら……)
「やべえ! やべえよ、どうなってんだ、チクショウ!」
「うるせえっ、ガタガタ騒ぐんじゃねえ! おら、さっさとこっちに来いよぉ!」
「お、おい、ちょっと、ちょっと待ってくれよぉ! 置いてかねえでくれよ!」
「くそっ、俺の剣はどこだぁー! あ、てめえ、それ俺の剣じゃねえか! 返せよ!」
敵ながら少し同情したくなるほどの大混乱ぶりである。
これならアンの教会にいる孤児たちの方が、はるかにマシな行動ができそうだ。
しかし、
「うおっ、やっべえ! 火が!」
「バカ、何やってんだよ、おめーは! 早く消せよ!」
「おい、全然消えねえぞ! くそっ、外に逃げるぞ!」
慌ててランプでも倒したのだろうか。
情けない悲鳴に、思わず頭を抱えてしまった。
(ホントに何やってるのよ! だけど、これはまずいですね……)
戦いの帰趨はもう決したも同然だが、放っておくとリサの荷物も焼失してしまう。ザイツと彼の部下の前に、下着一枚で武器も持たずに子どもたちを連れて現れる、というのではあまりにも格好がつかない。
あちらはむしろ喜んでくれるかもしれないが。
(仕方ないですね。行きますか!)
火事さえなければ、戦っているうちにこっそり忍び込んで荷物を取り戻す予定だったが、こうなっては致し方ない。
迷っている時間はなかった。
(火急の件、とは正にこのことですね)
腐りかけた木窓に近づき、隙間から窺う。
誰もいないのを確認し、中に飛び込んだ。
(続く)
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