第30話 その一撃に全てを懸けて(3)

ゴトッという音と共に、わずかな光が階段を照らす。

慎重な足取りで、二人の男が階段を降りてくるのが見えた。


「……な、何?」


リサが怯えた口調で声をかけると、男たちが足を止めた。

ランプの灯りに照らされたのは、予想通り、先程リサにイヤらしい目を向けていた男たちの顔だった。


「へへっ、そう怖がるなって。仲良くしようじゃねえか、なあ?」


「おうよ、俺たちはな、お前さんを愉しませにきてやったんだからよお」


下衆の極みといった笑い声が、地下室の冷たい空気を震わせる。


「な……や、やめて……お願いだから……」


男たちの嗜虐心を煽るよう、かすれた涙声で洩らす。

今は寸毫でも時間を稼ぎたかった。


「へへっ、お前もよ、期待してたんだろ? さっき俺の顔をチラチラ見てやがったしなあ」


「はあ? 何言ってやがんだよ。違えっての! 俺の方を見てたんだよ!」


「おいおい、そりゃ気のせいだぜ。てめえなんかじゃねえ、この女は俺を見てたんだよ!」


男たちが、本当にどうでもいいことで口論を始めた。

その僅かながら無益な時間は、リサにとっては何よりも有難い一時だった。

まさかリサがたった今、錠前の鍵を外したことなど想像すらしていないだろう。


(よしっ! さて後は鎖をちょっと緩めて、っと)


リサがもぞもぞと動いている一方で、男たちが今度は「どちらが先に頂くか」で喧嘩になっていた。

つくづく救いがたいバカさ加減である。


(よし、これでいつでも動けますね)


呼吸を深く吸い、気息を整える。

大した相手ではないが、こちらは何しろ素手の上に下着一枚という姿だ。

油断はできない。


「……くっ、しょうがねえ、こうなったらもう、ジャンケンで決めるぞ!」


「いいぜ! っと、ちょっと待て、そのジャンケンはよお、三本勝負かぁ!?」


「おうよ! 先に言っとくがな、てめえ、後出しなんてしやがるんじゃねえぞ」


「この俺が、んな汚ねえマネするかよ! あっ、そうだ。最初はグーか?」


(どーでもいいから、は・や・く・し・な・さ・い!)


バカ二人にこれ以上付き合っている暇は無い。

このまま放っておくと、貴重な時間が失われてしまうだけだ。

仕方ない。リサは不本意ながら、男たちをおびき寄せることにした。


「……ねえ」


日頃は決して口にすることのない、艶のある声で語りかける。

昂奮しきった様子の男たちが、あんぐりと口を開けてリサに向いた。


「……私、明日には奴隷市場で……。金持ちのヒヒ爺に買われて、オモチャにされてしまうのでしょ?」


涙を目の縁に浮かべて、上目遣いで見つめる。

ながら名演技だ。

の証拠に、男たちが同時に喉をゴクリと鳴らしている。


(間違ってもアンには……いや、誰にも見せられない演技ですね)


天国にいる両親のことは――あまりにも申し訳ないので考えないことにした。

どんな手段を用いてでも勝つ、今考えるべきはそれだけだ。


「ね? だから……お願い、今晩だけは……優しく、して……私は、二人一緒でもいいから……ね?」


甘い声に、いかにも彼らを待ち望むかのように身を悩ましくくねらせる。

後ろで怯える少女たちには教育上大変よろしくない芝居であるが、背に腹は代えられない。


一連の演技は、どうやら効果抜群だったようだ。

男たちが目を血走らせ、耳障りな奇声をあげながら飛びかかってくる。


「あぎゃっ!」

「ぬごっ!」


男たちが短い悲鳴をあげた。

身を起こしたリサは右側の男の両目めがけて、瞬時に解いた鎖を鞭のように叩きつけていた。

同時に、左側の男の股間を足で思いっきり蹴り上げる。

この薄闇の中での戦いで、目を潰されるのは致命的だ。

また、男性にとって股間を蹴り潰されるのは色々な意味で致命的だが、リサに同情する気持ちは微塵もなかった。


(ま、私の色っぽいお芝居が鑑賞できたのだから、その代金ってところよね)


股間を潰された男が、堪らず膝をつく。

もう一人の男が目を押さえている間に、素早くその背後に回り込んだ。


「おぐっ!」


体重を掛けて、肘打ちを背中の真ん中に叩き込む。

膝をついたところで、今度は同じように首の後ろ、急所の延髄に体重をかけて打ち込んだ。

男が身体をビクッと痙攣させ、そのまま動かなくなる。

完全に失神したのを確認し、もう一人に目を向ける。

身体をダンゴムシのように丸まらせ、苦悶の顔のまま股間を押さえて震えていた。

もはや戦闘力は皆無に等しいが、大声を出されてもまずいことになる。

首筋を後ろから踵で踏み抜いて、気絶させた。


「さっ、みんな。逃げるわよ」


(続く)

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