三
「入船さんは道具も使用されず、そして女性器のみというスタイルですがどういう理由からなのでしょうか?」
「やっぱりチカンですので、僕は道具やそれ以外の部分も攻めるというのは違うんじゃないかなと思っていて。もちろん、僕だけの考えですので。確かにプロですので、気持ちよくさせることが大切です。そのためには道具にもっと色んな所に触れたほうがいいのだとは思いますが、それだとただのプレイですよね。チカンである必要はなくなるわけです。公共の場所で周りにばれないようにするのがチカンであるはずなので、僕はこういうスタイルに行きついたわけです」
最近は派手さが求められるような風潮になってきていて、こういう入船のスタイルはかなり古い、「原始的痴漢追求(クラシックチカンスタイル)」という呼ばれ方だってする。時代遅れだとかそういう批判をする有識者だって多い。それ故に敵も多い。
しかし入船はそんな声をも跳ね除けて自分の頂を目指し続けている。
派手なスタイルというのはもうそれはとにかく絶頂(イカ)せることだけを追求しているようなものだ。人に見られないようにすることとは真反対の、見せびらかすようななんとしてでもというもの。あまりに見境がない人であると、相手の胸や女性器を露出させて煽ったり、どういう風にされているか見せつけたりというものになる。
捧はそれがあまり好きではなかった。そういうのが好きな人が大勢いるのも理解しているが、下品だと感じていた。実際にそういうチカンを観戦したことはあるが、割れた秘部の中に道具が挿れられたり抜かれたりしているのに心も身体も動かなかった。挙句の果てには男根をも挿れ始めて、
「電車内の櫓立ち、これが本当の駅弁よお!」
などと言いふらした時は呆れきってしまって乾いた息しか出てこなかった。
それでも周りはいいぞいいぞとはやし立て、盛り上がっていた。その状況に捧は戸惑いを隠せなくなって途中下車したのだった。自分の目指すプロチカンはこんなものではないはずだと。
(そうだ、これこそ本当のチカンだっ! オレはこれを見るために生きてきたんだ!)
女の人は初体験ではないはずだ。なのにその頃に戻ったような姿になっている。初めてできた愛しい恋人にされているような恥じらいと喜びが混ざった恍惚感。入船と女性の間に恋愛感情はないはずなのに、今ここでは本当の恋人関係以上の信頼感が出来ている。声に恋し、指に恋し、存在に恋し。
「素敵な、ほっとする膣内(なか)ですね。愛液も暖かくて、あなたのお人柄を表しているかのようです。ずっと感じていたいのですが、ごめんなさい、そろそろ別れなければなりません」
「えっ、あっ……」
がくりと首が下に落ちたが、それは頷いたのではなく快感に支配されたものみたいだった。ぽかりと開いた口から垂れ下がる舌の先端に唾液がたまっている。腕の筋肉の動きから判断するに、指はあまり動かされていないはず。それなのに女性はずっと不慣れな不器用乙女のように声を上げ続けている。
「い、イキます。イキそうなんでっ、すっ……!」
「わかりました。僕の指に集中して、委ねて、素直に」
赤路線はもうすぐに終わりを迎えようとしていた。次の駅に停車するまでだ。うなだれている女性の顔を入船は覗き込み、こんぺいとうのような微笑みを向けた。それを得た途端、女性は少女へと戻りついに。
「――あっっ……ぁ」
響き渡るような、壊れるようなものではなかったが、それが絶頂の証なのだと誰もがわかった。すべて彼に任せたのだという最後の喘ぎはとても純情可憐で、ついに膝は完全に壊れて重力に引かれていく。咄嗟に入船がそんな彼女を抱き止めて怪我はさせなかった。
とろんとした瞳のまま、なんとか乱れた息を整えようとしている。しかし目の前の入船のせいでまったく収まる気配がなかった。
「うん、やっぱりとっても甘くて、それでいてコクもあって芯の強さもする。なかなか僕も味わったことのない味ですよ。とてもよく自分を磨かれているのですね。ありがとうございました、とても美味です」
指に着いた彼女の蜜をぺろりと舐めテイスティングし、その感想を述べる。そんなことを言われた経験がなかっただろう女性は大粒の涙をこぼし始め、照れ隠しに顔を手で覆い隠していた。そんなのにも入船は追い打ちを掛けるように「可愛いです。僕もとってもどきどきしました」と褒めている。確かに入船のもぎんぎんだった。
静かな、とても静かなチカンの終わりだった。普段ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる観客たちもこればかりは何も発さず、じいっと自分の中であの光景を刻み込んでいる。性別関係なく全員が。泣いている人もいた。
「はぁっ、はあっ……ありがとう、ございました」
「いえ、こちらこそ。これからも素敵な女性でいてくださいね。また機会がありましたらぜひ。あ、ここで降りますか?」
「えっ、ええ……ここが目的地でしたから」
「では、背中にどうぞ」
そうやって女性をおぶらせ、入船は立ち上がる。顔色一つも変えずに。
「あっ、あのっ、このあとお暇ですか……?」
「申し訳ないです。チカンはここまでですので、チカンなんですよ。颯爽と去らせていただきます。なんちゃって、くさいこと言わせてもらいました。さお仕事の続きがあるでしょうから」
電車が駅に停車すると、車掌のアナウンスと共にドアが開いた。入船は観客たちにも「ありがとうございました」と軽く一礼し、降りて行った。みんな自然に拍手が始まり、それはスタンディングオベーションとなり、運航に影響が出るくらいに続いた。
誇りあるチカンがとても暖かい空気を残していった。
一周して地元まで戻ってきた捧はあの光景にまだいたく感動しながら歩いていた。陽はかなり眠たそうにしているから街灯も勘違いしてちらほら光を放っている。影は目立たない。
「やっぱ入船さんは半端ないよなあ。あのクラシックスタイルこそ本物のチカンだよなあ。あっこがれるよなぁ~う~んかっけえなあ~。オレもあんな風になりたいなあ」
覚えておきたいところはすでにノートに取ってあった。いつかの役に立つのは間違いないことだ。彼だってプロを目指す若者の一人なのだから。
駅から家はなかなかの距離だ。真ん中に位置する学校を通り過ぎなければならない。捧はそのお供にと駅近くのコンビニに入ってジュースを買うことにした。紙パックのりんごジュースを迷いなく取ると、それだけをレジへと持っていこうとする。
「あっ、春野くん?」
すると女の子に呼び止められたので、捧はその声の主を見やる。そこにはクラスメートの女の子が制服のままに立っていた。
「待草さん。奇遇だね、部活の帰り?」
「うん」
彼女の名前は待草宵(まちくさ よい)。さっきの通り、捧のクラスメートの女の子。テニス部に所属している娘。勝負ごとにあまり向いていなさそうな雰囲気の可憐な少女だけれども、試合だとなかなかに気の強いところを覗かせると捧は噂で聞いたことがある。
肩より少し長い髪をそのままにし、部活終わりで暑いせいか制服の上着を脱いでしまってブラウスだけになっている。スカートは長くもなく短くもなく、膝頭がぎりぎり見えるくらいの丈にしてある。育ちの良さとお洒落さんの香りがする。
「飲み物買うの?」
「テニス終わりで喉が渇いたから」
「どれ?」
いやいやそんなの悪いと両手を振る彼女だったが、気にせずに捧はどれと飲み物を順に指差していく。上から順にずっと。
「気にしないで。オレ、ポイント使いたかったし」
すると陥落して彼女は「じゃあ、これ」とこれも紙パックの紅茶を手に取った。学生の帰りの紅茶。なんともお似合いの組み合わせだ。
レジを通してそれをストローと共に渡すと、彼女は受け取って感謝する。心なしか瞳を輝かせているようだ。
「待草さんて家どこだっけ?」
「え、あ、向こうだけど……」
「ああ、なんだオレん家と方向同じなんだ。じゃ、送るよ。そろそろ暗くなるし」
彼女が差した方向はまったく捧の家の方角ではなかった。ぺりっと口を開けてストローを差し、捧は歩き出す。
「あれ、家出でもしてるの?」
ぼうっとしていた宵は首を振って否定するのと同時に現実へ戻って来る。そして先に歩き出した捧のすぐ隣へと駆けて追いつく。ちょっぴり緊張しているのか頬に赤みがあって、ぷくりとした唇に力を入れていた。
並んで歩いている二人を通りすがる人がたまに見ている。それが恥ずかしいのか宵は少し俯き加減だが、捧は気にせずずっと前を向いたまま。
「美男美女のお似合いねえ」
「うん、そうだね。絵になるわぁ~」
ひそひそと通行人が会話していた。
「あっ、あの、春野くんはこんな時間までなにしてたの? 確か部活してなかったと思うんだけど」
「チカン観戦してた。今日、入船真が来るって噂だったから、観に行ったんだ」
「えっ、あの入船真?」
「そう。本物だったよ。もう凄いチカンで、感動したなあ。見えざる手(ラムタラ)の異名は伊達じゃなかった」
話しながらに思い出すあのチカンはやはりとてつもないものだった。飲んでいるりんごジュースが蜜いっぱいの味と錯覚するくらいに。さらにあの完全に腰砕けになった女性の顔も浮かんでしまって、どきりともする。
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