神沢探偵事務所のオイナリさん
蕎麦 飯
第1話
夢・・・そうこれは夢だ
俺はそうはっきりと自覚している
なぜならこれは、現実に起きた過去だからだ
だからここがどこなのか、これから何が起きるか
そして、”こいつ”が何なのか、すべて知っている
俺がこの後”こいつ”をどうするのかも・・・・
(きっと、これで良かったんだ)
木々に覆われ薄暗い山の中、本来の山道から外れ
獣道というのもはばかれるような道を少し登るとそれはあった
見捨てられ久しいと思しきボロボロの小さな祠、赤い色の剥げ掛けた鳥居には
ベタベタと何かの札が張られ、その様は朽ちかけた薄暗い祠を更に
みすぼらしくしていた、そんな物寂しいところに俺は立っている。
そこからは動くことができず、ただただ胸に縋りつき泣きじゃくる獣に
成すがままされていた。
どれくらいの時(とき)をそうしていたのだろうか、泣き疲れ、獣が少し落ち着く頃を見計らい
ペタンと寝かせた大きな耳ごと小ぶりな頭をありったけの憂いを込め撫でてやると
真っ白な獣は、金色の瞳に貯めた涙をポロポロとこぼしながら
縋る眼をこちらに向け、薄桜色の唇を震わせた。
「いやじゃ!・・・もう、独りは嫌じゃ!・・・
お前も儂を独りにするのかえ?もう・・・独りは・・・・
・・・・・嫌じゃ・・・・・」
白くか細い腕で、もう逃がさないと言わんばかりに腰を抱きしめ
上着を破かんばかりに握りしめ、小さな体を強張らせている
獣の後ろでは、大きな大きな狐の尾が揺れていた
(ああ、もうお前を独りになんてさせやしないさ)
ある・・・じ
・・・・・・・・どの
主・・・の
「いつまで寝ておるのじゃ、はよ起きんか主殿っ!」
まどろみの中、優しくもあきれた少女の声が聞こえる
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
未だぼんやりとする頭で『まだ眠っていたい』という気持ちと
『起きなければ』と言う気持の熾烈な葛藤のすえ〈4.5対5.5〉
ほどで眠気に圧勝すると、その重たい上半身を持ち上げ様と試みるのだが
「ん、あぁ、すまん、寝ちまったみたいだな・・・あぁ
体が痛い、年には勝てないか」
この事務祖に置かれたソファー(ベッド)は、俺にとって
十年来の相棒であったが、最近になって体が悲鳴を上げるようになってきた
若いころはソファーだろうが何処で寝ようがこんな事は無かったんだがなぁ
「そんなところで寝ておるからじゃ、シャキッとせいっ!」
その少女は、両手を腰に当て、小さな体をそり返し
ぷんぷんっ!と擬音が出そうな顔でほほを膨らませている。
(かわいい)
「ああ、すまんすまん。」
目の前でご立腹の少女を一瞥して俺はポリポリと頭を掻きむしりながら
眠りこける前から目の前のテーブル置かれ、
すっかり冷めてしまったコーヒーを口に流し込んだ・・・まずい
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ここは、表通りから一本も二本も裏にあるさびれた雑居ビルの2階
裏路地なうえに看板もないそこは、積極的に呼び込みでもしない限り、誰も
気が付かないであろう、そんな場所に俺たちの事務所はある。
なので来客などはほとんどない、まれに仕事が舞い込む日もあるが
それ以外は日がな一日二人でダラダラするだけだ。
「主殿、そろそろお昼じゃて」
少女は、言うが早いかで俺の隣にぽすんっと腰を下ろした
「お、おう」
もともと3人掛けソファーなのだが、彼女は必要以上に引っ付いてくるため
その透き通る様に白く長い髪が、ふわりと肩口をくすぐる。
どちらかというとシャープな、人形のような顔だちをした中学生位の
美少女である彼女にすり寄られ、悪い気はしないのだが
俺の様なおじさんが相手だと、どこか犯罪的な、後ろめたい気持ちになる。
がっ!そんな事より何より、こうも寄られると狭いっ!動きづらい!あと暑い
ちょっと反対側に尻をずらし間を開けても、彼女は追うように寄り添ってくる
どうやら逃がす気はないらしい。
「今日も主殿の為に『お弁当』を作ってきたのじゃ」
「・・・なぁ、コハク、そんなに毎日無理しなくてもいいんだぞ?
たまにはコンビニで済ましたって良いんだから」
これは、コハクを気づかって言っているんじゃない
「駄目じゃ、そこは譲れないのじゃ、これは妻としての儂の役割じゃ」
「・・・」
コハクはふんすっと鼻を鳴らしどこか誇らしげに語ると
手に持った『お弁当』をテーブルに置きひろげていく
それは、大きな竹の葉に包まれた白く小ぶりなおにぎり達・・・・・のみ
「そ、そうか?何時もすまんな、それじゃあ頂きます」
「どうじゃ?うまいか?主殿の為に早起きして作ったんじゃぞ」
キラキラと目を輝かせ、ほめてっ!ほめてっ!と言わんばかりに見つめてくる。
くっ・・・そんな目で見られたらほめざる負えないじゃないかっ!!
「ああ、今日も旨いよ、ありがとな」
「っ~~~~~~~!」
嘘ではない、確かにうまい、と言うか真っ白な塩おにぎりがまずいはずがない
・・・だがっ!!!せめて海苔だけでもほしい、こうも毎日毎日米だけなのは
勘弁してほしい処なのが本音だ。
俺は、まだまだ幼い押し掛け女房の頭に手を置くと
あの時よりも乱暴に、ワシャワシャとなでてやる。
気持ちよさそうに目をつむり、頭を預けてくる仕草はまるで小動物のようだった
そんなコハクを見つめながら、ふと先週に起きた出来事を思い出していた。
「中型動物なんだよなぁ~・・・」
「ん?どうかしたのか?主殿」
つい声に漏らしてしまった俺の顔を、金色の瞳が上目使いでのぞき込んでくる
「いや、なんでもないさ」
(ハァ~、ちょっと甘やかしすぎかな)
この他愛のないやり取りが、ここ最近の俺達二人のライフワークになっている
しかし今日は、いつもとは少し違った。
それは・・・
ガチャ
「あのぉ~、ここは探偵事務所でよかったでしょうか?」
「「・・・・・・・・・」」
昼食を終え、いつもと同じ様にまったりとした午後を過ごしていると
不意に事務所の扉が開かれ、女子高生と思しき女の子が入ってきた。
あまりに久しぶりの来客に信じられず、俺はついコハクの顔に視線を向けると
コハクも初めての来客に信られないといった顔でこちらを見ている
だが、うちの看板娘はすぐに我に返ると一呼吸を置き
この日の為に練習した祝詞を上げるのだ
「「ようこそ、神沢探偵事務所へ(なのじゃ!)」」
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「では、依頼のほうはペットの捜索と言う事でよろしいですか?」
「はいっ!」
「・・・・・」
鶴田 舞と名乗った依頼人である女の子は元気よく答えた。
「それじゃあ、ペットの写真や特徴のわかるものはありますか?」
「あ、これ、写真です」
「・・・・・」
彼女は足元の学生カバンから一枚の写真を取り出す
そこには、女子高の制服を着た依頼主と一緒に映るゴールデンレトリーバー、
こいつが今回の捜索対象と言う事だろう。
これだけ大きな犬ならすぐに見つけることができそうだ。
俺は、手早く書類と捜索準備を整える
なんと言っても浮気調査とペット捜索は探偵の依頼のほとんどを占めている
のだから手慣れたものだ。
「捜索は数日から・・・場合によっては数週間かかりますので
見つかったら連絡します」
「はい!ミントをお願いします!っと、よいしょっと、それじゃあ
私はこれで」
どうやら捜索対象の犬は、ミントという名前らしい
舞はにこりと笑い、頭で会釈すると、事務所に入ってきた時からずっと
膝の上に座らせていたうちの看板娘を抱えて立ち上がった
「・・・・これーーーっ!!主殿!!儂を助けぬか!妻が、妻が
連れ去られようとしておるぞ!」
実は、この舞と言う名の依頼人、事務所に入るなり”かわいいーー!!”
と叫んだと思いきや、いきなりコハクに抱き着いてはまるで
お気に入りのぬいぐるみを見つけた子供のように離さないのだ
まぁ、俺から見れば子供なんだが、抱き上げ、拉致られそうになって
助けを求めるコハクの言葉に舞の目が見開いた
「妻?・・・ひょっとして、おじさん・・・」
彼女は疑いのこもったゴミを見る様な目でこちらを見ながら
コハクの頭に顎を押し当て、ぬいぐるみを抱えるように抱き上げながら
後ずさってしまう
あ、これはまずい
「ご、誤解だよ・・・あとうちの従業員を連れていくのはやめてくれないかな
あははは・・・・それと、神沢おにいさんでたのむわ」
びしッ!っとセリフを決めたつもりなんだが、舞の目は疑いのこもったままのようだ
かくして俺たちのドタバタ劇は、こうして始まった
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