言の葉@LANCE
那由汰
プロローグ.『言葉』で死んだ少女
言葉は、凶器だ――
「死んじゃえ」
口をついて出たのは、不謹慎な言葉。
でもこれは本心だし、これが私の能力だ。
空気の振るわせた弱々しい振動が実体を持ち、質量を増していく。
硬く、鋭く、尖って飛び出す。
この不可解な感覚には、まだ慣れない。
高速で飛び出して行った棘が、それの分厚い皮膚を貫く。
貫通して、内蔵をグチャ混ぜにする。
骨を砕き、血液やら体液が体外へと勢い良く噴出す。
まるで噴水だ。小汚くてロマンの欠片もない噴水。
もはや原型の分からないグチャグチャの
塊を前に、その場から一歩も動いていない私が先程から浅い呼吸を繰り返している。
これがあの薬の副作用なのか?
はたまた日頃の運動不足が祟っているのか?
そんなのは、どうでもいい。
些細なことだ。気にする意味もない。
「死んじゃえ……死んじゃえ、死んじゃえ、死んじゃえ、死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえッ!今すぐ死ね!!」
誰が見ても生命活動を停止している肉塊に、ありったけの感情をぶち込む。
私は攻撃を止めない。
否、止められない。
小汚い液を垂れ流しにする塊に、かつて自分を虐げた存在が重なる。
グチャグチャと肉を抉る音が、脳内でアイツらの悲鳴に変換される。
そう考えるだけで、興奮した。
死を直視して、己の生を実感する。
実に理に適った行い。
今、私はアイツらをメチャクチャにしている――
「皆、死ねばいいんだ」
それの頭部……たぶん眼があった辺りに、ドズンと重い一撃を突き立てる。
幼稚に例えれば、お子様ランチの旗。
大人ぶって例えれば、硫黄島に建てられた星条旗。
どっちにしろ、完全勝利の証のつもり。
歪な笑みが口角をヒクリと痙攣させる。
心の奥底では、自分の力に言い表せない恐怖を感じていた。
恐怖を忘れる為にも、この快楽に溺れていたかった。
「紬君、それ以上は駄目だ」
背後から私を制止する声が静かに響く。
快楽の海に沈んだ理性が無理やり、引き上げられる。
お楽しみを邪魔されて、とても不快。
現実を直視しなければならない恐怖。
でも、この声の持ち主の命令は絶対で、私には拒絶する術がなかった。
言葉は、狂気だ――
私は、その言葉に狂喜している――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
昇降口をくぐり、自分の靴箱を開ける。
揃えて入れて置いたはずの上履きが片方なくなっていた。下唇をギュッと噛み締める。
朝の恒例行事になった上履き隠しだ。
片方だけになった上履きを持つと嫌に重い。内側を確認すると、画鋲が大量に入っている。たぶん、一箱分はあるだろう。
鈍く光るそれらを靴箱にかけて扉を閉めた。
片足には上履きを履き、もう片方は靴下のまま廊下を歩く。
微かに震える手足を無理やり前へ前へと動かす。
時間を十分にかけてたどり着いた教室。
俯いたまま、一歩踏み込む。
不特定多数の人物が思い思いに言葉を交わす空間。
そこが私と言う存在の介入で一瞬にして静まり返る。
様々な方向から不躾で、奇異に満ちた視線が向けられる。
もう一歩、踏み込めば教室の各所からヒソヒソと耳打ちし合う声が聞こえる。
内容を聞き取らないよう、全神経と意識を集中させる。
進行方向にいた数人のクラスメイトが私を避ける。逃げる様に散っていく。
自分の席の前に立つ。前髪の隙間から木製の机の表面が見える。
何で彫ったのか、深さも書体も書きグセもバラバラ文字が躍る。
『キモイ』『くさい』『ブス』の言われもない中傷の文字。
卑猥な単語やラクガキ。
『学校に来るな』『早く死ねよ』の赤字が机を横断する。
昨日より明らかに増えているそれらを目で追えば、手足の震えが全身に広がっていく。
机の横にかけて置いたはずの荷物が、ベランダの外に散乱している。そのどれもが踏まれたのか、足跡が満遍なくついている。
ふいに誰かがクスクスと笑い始めた。それが近くの生徒に徐々に伝染していく。
決して広くはない空間が、心無い嘲笑で満たされていく。
一体、何がそんなに可笑しいのだろうか?
怒りより、悲しみより、寂しさより、報復より、殺意より……。
それらのどれよりも先に疑念が浮かんだ。
べチャッと濡れた音と鈍い衝撃が背中に伝わる。
意識が一気に引き戻される。当たった部分に触れると、制服がグショリと濡れていた。
視線を机から足元に移す。
悪臭を放つ黒い液体を含んだ汚い雑巾が落ちている。
そこから滲み出る液体が床に染みを作る。
それを呆然と見つめる私の口から小さな呻きが漏れると、教室の空気が笑い声と罵声で大きく震えた。
高校入学とほぼ同時期から、私はクラスメイト全員から虐めを受けていた。
なぜ虐められているのか?
それは私が一番教えて欲しかった。
入学から2ヶ月後、私は学校に行くことを辞めた。
自分にとって一番安全な自室に引き篭もった。
誰とも会話せず、自らも言葉を発せず……ただひたすらに『言葉』と言う凶器を遮断した。
私と言う『個』を保つには、それしか方法がなかったからだ。
言葉は私を殺した。
私の心を殺したのだ。
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