Florally -最強の将- 序章

仙花

第1話 <序文>

(帝国歴462年 春)



 ……美しい。

 私は今日もこの光景に浸る。

 手を広げた大人が5、6人集まらなくては囲めないような円柱が、太く、白く、そびえ立っている。

 押し上げられている天井は、知らずに口を開けて眺めてしまうほど高い。

 疎らに、しかし、規則正しく生えているコラムの間に、その数を百倍したほどの書架が整然と世界を造っていた。

 “ローレイグ帝国国立図書館”……私にとってここはこの世で最も美しい人工の世界。

 文学、哲学、芸術、産業……読み漁ってきたいくつものプレートを見送って、今日の私はさらに奥を目指していく。

 コツコツと耳心地好く響く靴音。

 遠近法のお手本のように集束していく通路を、立ち込める紙と印刷の薫りを楽しみながらどれくらい進んだか、ようやく目的の領域に辿りついた。

 “歴史”―――そのプレートに期待感から笑みが漏れる。眼と右手の指先で無数の背表紙をなぞってゆく。歴史の中の、さらに細分化された一画。

 指の腹で角を押さえて引っ張り出したその白張りの本は、帝国支配圏の最東端に位置する特別自治区“ダナス地方”の史書。表題は『フローラル戦記』と打たれている。

 硬い表紙を開くと中表紙には一枚の絵が印刷されていた。その下に作品タイトル、そして画家の名が並んでいる。

 暫くの間その絵に見惚れ、それからゆっくりとページを捲った。

 ダナス255年の歴史を刻んだ年表が瞳に飛び込み、私は目的の年まで進めると高鳴る胸で一つ一つの出来事を辿っていった。その文字の奥に垣間見える無数の生き様に、強い憧憬を馳せながら。


 そしていま、狭い屋根裏の使いこんだ文机の前で、窓の向こうに朱い夕焼けを臨む。

 目の前には駄文に埋まろうとする紙が、その左には白く美しい史書がある。

 右手で羽ペンを操り一文字一文字書き記していたこの序文もそろそろ結ぼう。紡ぐべき物語と、始めるべき序章のために。



                            ミラー・セイル

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