グロテスク

相川由真

ユイ


 少女ユイは、コンクリートを打ちっぱなしにした窓の無い部屋の中に監禁されていた。

薄い唇からは血の気が引いて、線がはっきりとした二重瞼の目の下にはくまが浮いている。

部屋の中央で膝を折り、彼女は嗚咽を漏らしながら失禁していた。


 一糸纏わぬ少女の秘部から垂れる液体を辿り、肉付きのいい太ももから更に視線を落とすと、きゅっとほどよく締まった足首に、甲がついている。


 辿った道を引き返し、秘部から上へ。

ぽつりと窪んだへその上を少しのぼると、小ぶりの乳房が二つ。

乳輪は白桃色の肌と殆ど違いのない桃色で、中心の突起が、彼女の震えと共に僅かに揺れる。


 内側からは開かない鉄扉が、おもむろに開いた。

部屋に射し込む人口の明かりが帯となって、それは徐々に広がり、ユイを包む。

それを塞ぐようにして、執行人は部屋の入り口で立ち尽くす。

ややあって、鉄扉は閉まり、まばゆい光は消えた。

薄暗い青色系統の照明だけが残る部屋に、ユイと、執行人、二人。


「俺は今から人間ではなくなる。人間のうちに言っておくぞ。出来るだけはやく死ね」


 かけなくてもいい言葉をかけた執行人は、手にぶら下げたマスクを頭からすっぽりと被った。

これから漂うであろう臭気を直に嗅げば、小一時間と経たぬうちに気が狂ってしまうからだ。


 事前の精神的拷問によって理性を破壊されたユイは、男の言葉に、ただ頷き返すだけだ。

それは動物的な反応で、もはや、彼女に舌を噛み切って死ぬだけの理性は残っていなかった。


 男はコンクリートの床の、継ぎ目の部分に爪を引っ掛けて、持ち上げた。

その部分だけがプラスチックで出来ていて、見た目とは裏腹に、それは軽々と持ち上がった。


 ちょうど人間が一人分収納出来る程度の空間が広がる。

そこには、無数の道具・・が収納されていた。


 男は少し悩んで、釘を数本と金槌を取り出した。

時折嗚咽を漏らし、床にへたり込んだユイの足を掴み、男は釘を、太ももにあてがった。


 これから自分がどうなるのかを考えることが出来ないユイは、釘の無機質な冷たさに、足を跳ね上げた。

未知の生き物を見るように、虚ろなその目は、執行人のマスク越しの瞳を捉えていた。


 男は釘の頭を金槌で打った。

反射的に、ユイは悲鳴を上げる。惚けていた彼女は、突如与えられた痛みに抗い、両足をじたばたと動かした。


 執行人は釘を打ち込んだばかりの右足をがっちりと抱え込み、絡みつくようにしてユイの下半身を拘束する。


「あああっ! あああっ!」


 言葉を失ったユイは、ただ闇雲に叫ぶ。

人の言葉を以って訴えることが出来れば、あるいは執行人は思い留まったかもしれない。

だがそれは、現実としてかなわないことだった。


 二本目の釘を、一本目が刺さった部分の数センチ下にあてがう。

ユイの悲鳴が一層大きくなる。打ち込んだ。

 二本の指で挟み込んだ釘は、たいした抵抗もなく、ずるっと太ももの肉を突き破る。そして、悲鳴。


 男は間をおかず、更に三本の釘を、直線上に打ち込んだ。

ユイの太ももから血が滴り落ち、右足を庇うように横たわる。

「おう、おう」と獣じみた呻き声が部屋に響く。


 ユイの太ももから突き出た釘の頭を、男は両手で掴む。

動かせば足に鋭い痛みが走ることを動物的に学習した彼女は、口をぱくぱく動かしながら両手ででたらめに床を叩いている。


 男はそれを見なかった。そして無情に、釘を引き抜いた。


「ぎいいいいいいいっ!!」


 肉の壁から解放された釘達が、赤色の尾を引く。

たちまちユイの右足は赤く染まり、締まった足首まで、白桃色の部分はほとんどなくなった。


 男が次に取り出したのは、医療用のメスだ。


 ユイは危険を察知し、右足の痛みに耐えながら後ずさる。

これ以上は抵抗されると一人で抑えきれないかもしれない。そう考えた執行人は、言葉を発さぬままユイに馬乗りになり、頬を数発殴った。


「いやいや、いや、いや……」


 言語野に残った僅かな言葉をひねり出す。

それすら構わず、男は部屋の隅にある輪状の鉄枷に、たちまちユイの両手首と足首をはめ込んでしまう。

身動きが取れなくなったユイは、腰を動かして抵抗する。拘束が解けるはずもなかった。


 男はメスを、まだ血が流れる釘の穴のうちの一つにあて、真っ直ぐ下ろすように肉に突き刺した。

上等なステーキにナイフを入れるように、ユイの太ももに深々と切れ込みが入る。

既に、執行人の耳はユイの悲鳴に慣れていた。

そのままするすると、膝まで刃を進めると、赤色と、脂質の白が混ざった肉がまろび出た。

どっと血が溢れ、既に二人を中心に、夥しい量の血が流れて、濡らしている。

男は慌ただしく道具の収納スペースに戻り、焼ごてを持った。


 露出した肉を焼く。ノイズのような音を立てて、ある種鮮やかな発色だった血肉が、黒く変色していく。

ユイは気を失うことも許されず、自身の焼けた太ももが放つ臭気に涙を流し、胃液を吐き散らした。

男は全裸のユイが大股を開き、動物的に泣き叫ぶ姿を見て、勃起している。彼は、変態マニアックだった。


 一頻り太ももを焼き終え、男は道具スペースを漁る。ちょうど目についたヤスリを手に取り、マスクの中で下卑た笑みを浮かべる彼は、作業服のズボンを脱ぐ。

露わになった男の陰茎ははち切れんばかりに膨れ上がっていて、自分でそれを握り締めると、男は脈打つ獣の胎動を感じることが出来た。


 棒状のヤスリを握り締め、男はユイに覆い被さる。

低い唸り声を漏らしながら、自分の身体にのしかかる重みに耐える。

マスク越しの、男の鼻息がなぜ荒いのか、ユイは本能的に理解した。

直後、ずんと下から打ち上げるような重い衝撃が、彼女の秘部を突き刺す。


「ふっ、ふっ、ふっ」規則的なピストン運動だ。処女であったユイは、焼け焦げた右足の疼痛と、破瓜の痛みに耐え切れず、一際大きな悲鳴を上げる。

その音はやがて湿り気を帯び、本能的な快感と、痛みとでめちゃくちゃに引っ掻き回された身体は痙攣し始めた。


 男の嗜虐心が一層燃え上り、ピストンを続けたまま乱暴に臀部を掴む。ちょうど正常位で、抱え込むようにして。

若い肌は男の指を弾き返す。それに負けじと、指には更に力がこもる。

そして男は、右手で握り締めたヤスリを左の乳房に押し当てた。

被せていた上体を起こし、ピストンは小刻みに続けながら、乳房を乱暴に擦った。

こびりついた錆が落ちるように、皮膚が粕となって散らばる。すぐに、ヤスリは赤く染まった。

乳房は血を撒き散らしながら、無抵抗に揺れる。

ヤスリの動きに合わせて、脂の粕がユイの腹の上で踊った。

やがて、男は背骨の下の方に、熱が溜まってゆくのを感じた。

悲鳴に合わせてぎゅうぎゅうと、自身の陰茎を締め付けるユイの秘部の中で、塊のような性を吐き出した。



 半日は経過しただろうか。


「ひい、ひいいい、ひいいいいい!」


 悲鳴に規則性はなく、もはやどの痛みに対して訴えているのか、誰にも、ユイ自身にも分からなかった。

両脚を、太ももから鉈で切断された彼女は、歩くことも出来ず、皮肉にも拘束からは解放されていた。


 へし折られた両手の十の指を庇う。自分の血で濡れた床を、手で歩きながら。

両脚の切断面は黒く焦げていて、身体のあちこちに、注射痕が出来ている。


 身体は凄惨でありながら、顔だけは存外綺麗だった。打たれた頬が腫れ上がり、口の周りは、涎にまみれていることを除けば。


「おおっ!」


 執行人はユイの頭上で、自身の陰茎を擦っていた。

やがて射精し、血で固まった彼女の長髪に、ザーメンが降り注ぐ。


 男の性に対する嫌悪感など、すでに消え失せていた。彼女は、確実に狂っていた。

しかし投薬によって半端に壊された彼女は、まだ涙を流すだけの人間性を穿たれていた。

それさえ引き抜いてしまえたら、いっそ楽だっただろう。

屠殺場の豚のように、自分の身体が切り刻まれ、その痛覚にのみ怯えながら死ぬことが出来るのだから。


 焼け焦げた両腿の間にあるユイの秘部からは、破瓜の血に混じって、無数のゴカイと、幼虫のゴキブリが溢れている。

赤い床の上で、その群はうねうねとひしめいていた。

大陰唇にまとわりついたゴカイとゴキブリは水分を舐め取り、そして、互いに食い合う。

塊のようなそれが一つ、子宮口から押し出され、ユイの体外に排出される。

ゴキブリの幼虫のうちの一匹が、既に食い荒らされて死んでいた。


「あううっ、あううっ」


 ユイは両腿をじたばた動かした。

うねうね動いていたゴカイの山が押し潰された。


 六度目の射精を経て、執行人はひどく萎えて・・・いた。


「潮時だな」


 にべもなく漏らして、男は収納スペースに手を突っ込んだ。

引っ張り出したのは、何の飾り気もない包丁とスプーンだった。

これくらいが、ちょうどよい。男は胸中で自分を納得させ、蟲と血に塗れたユイの身体を乱暴に蹴り飛ばし、仰向けにする。


 ユイは大粒の涙を零し、呻き、両手を青白い照明に向かってかかげた。

彼女の目には、何が映っているのだろうか。それについて考察することはあまりに不毛であり、彼女が見ていたものは、その直後に奪われるのだから、些事でしかない。


 執行人はユイの両腕を片手で抑えこみ、銀色のスプーンを眼窩に滑り込ませ、右目をすくい取った。

地の底から沸き立つような悍ましい悲鳴を上げながら、ユイの上半身が跳ね上がる。

あまりに煩いので、男はすくったばかりの眼球を口の中に放り込み、そのまま口を押さえつけた。

残った窪みから、粘性の液体が垂れる。

そして、傍らに置いた包丁を握り、白桃色と赤色が混ざる腹部を、何度も何度も突き刺した。


 肉を裂き、穿つ感覚は、これまでで一番生々しく、鮮明なものだった。

肉は柔らかい。反射で漏れる声は、既に痛みを訴えるというよりも、彼女の最後の生命活動といった気色が強い。

十字に深々と包丁を突き刺す。そして引き抜く。血が溢れる。

執行人はその真新しい傷口に手を突っ込み、生温かい管を引きずり出した。

赤い尾を引いて現れた腸を、めちゃくちゃに引きずり出す。

やがて、男は叫んでいた。喉が張り裂けんばかりに、出鱈目に叫んでいた。

喉の中で、木枯らしがひゅうひゅうと音を立てて、それでも、声を絞り出すことを止めなかった。




 そのようにして、ユイは死んだ。





 了

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