第12話 ぞんびぃい!ゾンビが襲ってくるぅう!

「伯爵様、またしても奴隷市場の看守達が…」

「…何名だ、今回は何名やられた!」

「5名です。もう看守に回すものがおりませぬ」

「…お前がおるではないか」

「ヒィッ!」


 まったく何が死者が蘇っただ。ワシを妬んだどこかのバカがちょっかいをかけているに違いない。

 フフッ、久しぶりに腕が鳴るわ。このワシにちょっかいをかけたことを後悔させてやろう。

 また奴隷も大量に増えるわ。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「伯爵様、またしても奴隷市場の看守達が…」

「…護衛はどうした?見張りは?」

「護衛の話では、かなり強力なゾンビであったらしく、それも看守への恨みがとんでもなく高く、押さえ込む事が出来なかったと」

「全員クビだ!見張りは何をしていた!」

「それが…建物に出入りした者は一人もいないと報告が」


 くっ、ゾンビであることは確からしい。くそっ、何者かがゾンビを持ち込んだに違いない!

 使えん奴らだ!このままではワシの市場の評判が下がる。チッ、処分場のことがなければ売り飛ばしているんだが。

 伯爵は忌忌しげに机を蹴飛ばす。


「もしかしたら、処分場へ持ち込んだ死体のどれかがゾンビでしたのでは?」

「そう言えばこないだ持ち込んだ一家の死体、怪しいのではございませんか?たしかネクロマンサーの書物を所持していたとか」


 バカ言え、あれはワシが捏造したのだ。娘がなかなかよさそうな素材だったからのぉ。

 この伯爵こそがこっそりと禁書であるネクロマンサーの書物を忍ばせ、その家を破滅させた張本人であった。

 数十年間も同じ事をしてとある一家を破滅させたことがある。

 あの時はリッチの書物であったか…そういえばあの本、どうなったのかのう。


「どちらにしろ、一度ゾンビに汚染されたとなると…」


 焼き払うか、神官どもに浄化させるか。神官どもにあれを見せると煩そうだな…

 焼き払うにしても勿体無い、なんとかならんものか。


「伯爵様、エルベラース家のフェイリースと名乗るものが面談を願って来ているようです」


 エルベラース家?フェイリース…?もしかして巷で噂のあの気狂い娘か?


「何の用だ?」

「なんでも奴隷市場を買い取りたいと」

「ほう…いいだろう、ここへ呼べ」

「ハッ」


 暫くすると、あちこち痣だらけでぼろぼろになった子供を鎖に引き連れた扇で口元を隠した少女が現れた。


「お久しぶりですわ伯爵閣下。本日も凛々しいお姿ですね」

「おう、これはこれはフェイリース嬢ではありませぬか。ホホホ、また随分と成長なされて」


 暫く見ぬうちに随分な美人に育っておる、これはこれは…高く売れそうじゃ。

 そうほくそ笑む伯爵。

 さっそくエルベラース家の弱みを思い出そうとしている。


「実はですね、ゴミ捨て場なのですが、もう実験材料が無くなって困ってますの」


 そう言って酷薄そうな目をボロボロの子供に向ける。

 あの噂は本当であったのか、身寄りの無い孤児を実験材料に用いていると。


「そこでお願いがあるのですが、奴隷市場を安く売って頂けないでしょうか」

「今度は奴隷で実験をなさると?」

「オホホホ、奴隷は使いませんわ。使うのは…もっと下の連中ですわ」


 む、まさか…知っているのか!?


「ワタクシ、実は実験用にと奴隷を買いに行きましたの。でもワタクシの実験に相応しい奴隷が見当たらなくて。本来奴隷ならいる筈なのですが…絶望を宿した人間が」


 な、なんだ、急に背筋が凍えるように!?まるで蛇に睨まれた蛙のように少女から目を離せなくなっている。

 少女は扇をスッと降ろし、凄惨な笑みを浮かべ伯爵の目の前に顔を近づけて来て話を続ける。


「ねえ伯爵様、お互い隠し事はなしにしませんか?ワタクシの生み出した魔法それは…」


 少女が連れて来た子供に扇を向ける。


「ヒッ!ヒィィイイイイイ!!」


 子供はとたん暴れだして逃げ出そうと…その瞬間、子供の全身から青い炎が立ち上がった!


「消化を!消化を急げ!」

「必要有りませんわ」


 氷のような場に響き渡るような声で少女が告げる。


「よく御覧なさい、どこにも燃え移っていませんでしょう?」


 なに!?確かに燃えているのは子供だけだ、辺りには一切広がっていない。

 子供は火を消そうともがいている。そのうちうずくまって動かなくなり、一片の欠片も無く燃え尽きていった。

 後には…子供が着ていたみすぼらしい服が…燃え尽きることなくそこに落ちているだけだった


「人間だけを欠片も無く燃やし尽くす魔法『煉獄』それがワタクシが作り出した魔法ですの」


 伯爵を含めその場にいる全員が少女から後ずさり壁にぶつかる。


「ただ、これには欠点がありましてね。世に絶望した人間にしか利きませんの」

「そ、そうであるか…し、しかし、これはとんでもない」


 もしこの魔法が絶望した人間以外も燃やせるとしたら…いちいち後始末に困らずにすむの。

 いや、絶望していなくても絶望するようにしむければ…

 なにやら黒い考えに沈みこむ伯爵様。


「完成した暁には伯爵様にもお教えいたしますわ。まあ、奴隷市場の料金しだいですが」

「ほうほう、魔術契約をしていただけるなら言い値で譲り渡しましょう」


 魔術契約とは互いの魂に刻み込まれ、違反した場合は記述の罰を担う物だ。

 伯爵は奴隷市場を譲る旨を、少女は完成した魔法を伝授する旨を、それらが破られれば命を失う罰を。

 数日後作成された契約書に互いの血を垂らす。


 くっくっく、まだまだ小娘、あの市場がどの様な状況か知らずに購入するとは、これでゾンビに汚染されて使えなかろうと、ワシは魔術を得る事が出来る。

 うむ、泣きついて来た時は、また別の奴隷市場を紹介してやるとするか。

 たっぷりと報酬は頂くがな。

 騙されたとも知らず、ジュルリと涎を啜る伯爵であった。

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