【1】斯くなる上は、劔を持って罪人を斬るべし②

〔2〕

この職場(バショ)で幸せがあるとしたら、それは部下達の笑顔である。犯した罪を贖うのに必死な俺を時折励まし、暗い俺を救ってくれる。冗談で笑い合い、仕事場で宴会を催し、愚痴を零して、語る。その一瞬は、俺も平和な気持ちでいる。しかし、忘れてはいけない、何故自分が此処にいて、何の為に生きているのかということを―

「―特に問題は無い、と思う。」

俺の人間側が目を覚ましたのは、この一言が耳に入ってきた時だった。

最初に飛び込んで来たのは、俺の数ミリ手前にいた部下兼専属医の若い、朱色の髪を持つ女性。専属医といっても、別に何か資格を取得している訳でも無い。独学である。

「今、起きていた?」

部下にタメ口で話されるのは、他の者にとって不愉快であっても、俺にとってはそうでもない。寧ろ、居心地良い。

「いや、ゴメン。どうも機械側が起きていたようだ。」

ここで、一つ疑問が浮かび上がった人もいるだろう。何故、何の資格も持っていない人間が、他人を診る事が出来るのかと。二千百九十六年十二月十四日現在、日本国憲法第九条の一時的削除などの改正はあったものの、それ以外は殆んど変わってはいない。

医師免許の資格を持たない者が、勝手に医学的診療を行った場合、医師法違反より、懲役三年以下、又は百万円以下の罰金刑が裁判所より科せられる。そんな危険なことを冒してまで、上司の診察と打って出る者など、そうそういない。だが、彼女は欠かさない。

それは、俺が「人間」でも「動物」でも無いからだ。

俺は『半機人(サイボーグ)』。分類的には、機械の方に入る。とはいえ、俺は完璧な半機人では無い。部分で言うなら、左眼、右腕そして左脚の部位が神経接続された機械マシーンで出来ている。左眼には、超高速電子演算機の為、脳細胞の一部を貸している。考え方は機械的に変化するが、人間側の意志でそれを変更できる。人間か機械か微妙なところだが、法には引っ掛らないので、彼女、法連寺楓には続けてもらっている。

「それより、最近の東京の治安は回復してるの?」

楓が聞いてくる。

大日本東国、首都・東京。二十一世紀全期、二十二世紀初頭まで、世界有数の治安が良い国として知られていた日本は、二千百十三年に勃発した第三次世界大戦によって、日系企業の株価暴落や、大戦で事実上敵であった中国軍に襲撃を受け、本土は滅茶苦茶な状態となった。核攻撃により蔓延した放射線によって、日本各地、特に東京の大部分が死之町(ゴーストタウン)となった。同時に恐慌の為に失業者が急増し、結果、犯罪を多発させることとなった。犯罪率の上昇を解消すべく、終戦後、設立された機関がある。それがSPY(Special Police Yokohama)、後の特殊警察である。ここの機関で働く者を『刑事』という。警察でいう刑事は、警官の位で、巡査部長から警部補の間であるが、それとこれとは、全くの別物である。特殊警察でいう刑事は、武力を行使し、罪人の殺害を執行するのが任務の者達だ。刑事各員、それぞれが訓練を積み重ねて来た逸材。治安を良くするにはもってこいの策である。

特殊警察の階級は警察と同様で、警部以上の者は、刑事班を持ち、待機所兼寮所となる、班署と呼ばれる施設に駐屯するのが決まりだ。俺の階級は、現在警部。一応、自身が班長の特殊警察刑事第九班を受け持っている。

我々刑事は、様々な特権を有している。例えば、事件発生直後、上層部の指令の有無に問わず、被害縮小という名目で行動した場合、即座に抜刀、若しくは発砲が許可される。他にも、事件発生時以外の間は自由時間としたり、外出の際には武器の携帯が許されたりなど、班署から半径三十キロメートル圏内の日頃の風紀を乱さない為の権利がある。

このような特権の保有が許されるのは、偏にこの職業の殉職率が一つの事件につき、三割程度。十人出動して、生きて帰れるのは七~八人ということ。二千百七十四年に起こった世界技術革新によって生み出された、新種の鉄で製造された超硬質機動防具に身を包んだとしても、彼等は人間。幾ら多種多様の訓練を乗り越えてきた人達といえど、戦闘に死亡は付き物。つまり、刑事の有する特権は、刑事たちの殉職率を何分何厘と少しでも下げるせめてもの気遣(タイサク)である。

「まあまあ、だな。このところ、犯罪件数が減ってきているからな。」

犯罪件数減少は基本、治安回復を意味する。が、必ずしもそうだという訳でも無い。今回は、治安回復を意味しない件数減少だと、俺は推測する。先々月、先月の総数は、第九班管轄内で二十八件。ほぼ毎日、罪人と血を流し合っていた。

しかし今月、数はたったの一件に減少した。この月、つまり十二月は、二十一世紀前半、治安良好期から視ても、犯罪が最も起こりやすい月である。そんな時期に、これほど少ないのは明らかに不自然だ。けれど、楓はまだ未成年。余計な心配をさせたくはない。

「心配する必要はない。俺たちに任せておけばいいんだ。」

そう言って、未熟な頭を撫でる。楓は、頬を赤くして、笑っている。

その時分、この情景を見守っている、馬鹿な部下二名の気配を感じた。今の上代を微笑ましいと思ってるのか、疚しいことを想っているのか。いや、完全に変なことを思っている。証拠に、扉の隙間から黒光りする眼が四つ。俺は押し戸を開け、下衆な二人を引っ張り出した。

「本気マジで痛いっす!六牙さんのその右腕アームのおかげで、僕の肩が外れたっす!」

「おい、嘯くな。診たら、そんなもの一発で分かる。」

部下の一人、九條一刹が大げさに騒ぐ。確かに、俺のこの右腕で、軽く常人の手を握ったりでもしたら瞬時に、甲の骨諸とも砕ける。だけども、俺はそこまで非人道的で、部下達に思い遣りの無い半機人ではない。

「一刹、大袈裟すぎだよ。」

騒ぐのを、一言でやめさせた男が此奴、和泉椿。最も優秀な部下であり、成績は特警の中でも上位。だが、こんな奴にも欠点キズはある。

「一刹に椿、何故そこでこっそりで覗いていた。」

「それはですね...楓と逆戟警部がいい感じに実って来たので、ちょっとした恋愛スキャンダルになりそうだったから見ていたのです。」

これの途端、楓の上から、白煙がもくもくと。

そう、椿の欠点は、世話焼きで何よりも色恋沙汰が大好物なのである。正に玉に傷だ。

「俺は楓のことは、恋愛対象としては見ていない。強いて言うならば、そうだな、妹のような存在だな。」

「またまたぁ。もう二十二になるのに、恋の一つの一つや二つもしたことの無い六牙さんが、楓みたいな美少女を恋愛対象として見てないなんて。」

「というより、そんな妹みたいな楓を自分のものにしたいとは思わないんですか?」

こんな下らない話こそ、俺の唯一の心の支えである。特に、日本人はこういうのが得意だ。言い忘れたが、俺は日本の生まれでも無ければ、日本人でも無い。生まれは、確か、遥かシベリア、ロシア連合の小さな村で、人の住む場所の中では世界一寒い、オイミャコン。そこの村長で、村有数の比較的裕福な家庭に生まれた。

昔も、親や妹と同じような会話をしていたと思う。

しかし、日本人はこんなので溢れかえっている。そんな彼等と話していても楽しく、見ているだけでも、聞いているだけでも楽しい。

「まあ、楓は普通に可愛いと思う出来る事なら、彼女にしたいかもな。」

「おおっ!!マジっすか!?じゃあぁ今すぐにでも―」

「それは出来ない」

場の空気が一瞬静止、凍結した。ついでに、楓は完全に停止した、いや、既に停止していた。

「何故に...?」

一刹の表情が死んでいる。此奴のこんな姿を見たのは初めてだ。

「前にも話した通り、俺は大切な人を守れなかった。何で、新しい大切な人をつくって、また失わなければいけないんだ。大切な人が目の前で死んだ時、どんな気持ちになるのか、二人は知っているのか?

―物凄い恐ろしかった。彼女とか、そういう大切な人をつくることは、俺の人生の破局を招く行為に他ならない。」

沈黙が、数秒続いた。二人は、目が棒のようになっている。

「何か、『大切な人』っていう単語、使いまくりましたね...」

椿が文法的問題を指摘するが、仕方ないだろう。

「いや、ほら。俺は日本人じゃないし、日本語上手でもないから。」

「そ、そうっすね。」

この状況は、自分と相手にとって、かなり気まずい。ましてや、我々の関係は上司と部下であり、親密な関係にある友人同士ではない。更に沈黙は続くが、それをバッサリ斬ったのが楓であった。

「えっと、あの...さっきから気になっていたんだけど、やけに外が煩くない?」

何時の間にか目覚めていた楓によって発せられた言葉から、俺を含めた全班員が外が騒がしいことに、だいぶ遅れて認知した。

今、我々がいるのは、班署二階、班員の共有居間(スペース)班室の周りに置かれた大きな個室のすぐ横に、大通りが通っている、その大通りを中心にして、住宅街、商業区、高層建築群が形成されている。第九班の班署は、住宅街のど真ん中。此処の周りが、ガヤガヤしていることは、初のこと。

だが、疑問に思った。今まで、そんなことが無かったのにも関わらず、何で今は、と。

それは、窓を開け、目を下せば、一目瞭然であった。

歩行中だった住民や、大通り周辺に住まいを構える家主が悲鳴を上げ、下り線を、走行中の車両を無視して逃げている。我々の権威を知っている者は、班署の扉をガンガン叩いて、救いを求めている

この流れる人間の大群(ナミ)を見ているうちに、後尾から笑いながら歩いている輩に気付いた。

罪人(キョウフ)の大部隊(ダクリュウ)だった。悪魔の気迫に怯え、脚腰の自由が利かなくなった人シカは、もれなく殺され、黒い路道(アスファルト)の溝がだんだんと黒と紅の縞模様を作り出していく。

奴等が、態々こんな金目の物が一斉無い住宅街に来たのは、間違いなく、班署を潰す為。

成る程、ようやく理解出来た。急激に減った犯罪件数の理由ワケが。

特警も、警察と同様、巡回を行う。そして、十二月は犯罪率の最も高い時期。必ず巡回強化を実行すると踏み、仕事が一番忙しい真昼間に、刑事がいない、この地域の治安維持の象徴、班署を落とす。少ない脳味噌でよくここまで考えたものだ。が、残念だった。奴等は、刑事の特権というものに対して、無知である。

特殊警察法特権事項第八条、事件外自由出動により、事件以外の出動の時間を自由とする特権がある。ここでいう出動は、巡回のこと。昼の時間帯は警察が行い、夜の時間帯は、特警。この典型的なパターンが主流である。罪人共がこれを知らなかったことで、治安の城は陥落せずに済んだ。

俺は窓を閉めた。五十名程度の行進劇を目に焼き付けた。

「一刹、椿。戦闘準備を。」

「完了済みです。警部も―」

「あぁ、もうとっくに備えなんて終わっている。」

常に事件が起こる事を想定して生きている俺は、普段から、筋力強化も含めて、何時でも肌身離さず、装備、武器を携帯している。

「楓は今すぐ機関室に行き、『防護壁(ウォール)』を最大出力で起動。」

俺が楓に指示した、防護壁(ウォール)の起動。防護壁とは、班署を四方に囲む、高さ十メートル、厚さ二メートルのキチン物質で構成された、対-奇襲(ゲリラ)用戦術壁である。どんな銃弾をも通さない、強靭な壁だが、普通に起動した場合、全ての壁を地下から地上に押し出す為には、二十秒かかる。つまり、一秒につき、零・五メートルの壁が徐々に顔を出す。しかし、これでは奴等が我々の存在を即座に察し、いきなり乱射しまくる筈である。それでは、班署の目の前にいる人達に着弾する可能性が高くなる。壁を押し出す圧力 電動回転機モーターの出力を最大にした際、地盤に亀裂が入る確率が非常に高くなる一方、一秒間に二メートル、全部で五秒程度短縮することが可能になる。

「一刹は、扉を叩いて、我々を頼りにしてくれている住民の方を保護。椿は―お得意の銃を持って、俺と一緒に来い。」

各自に指示を出し、俺は屋上(ウエ)へ向かった。班署は四階建て、高さ十二メートルの建築物。防護壁より高い所に来て、することは全部で二つ。

一つは、高位置からの銃撃。この刑事班に、超高所からの精密射撃を可能にする男がいる。それが、俺の隣にいるこの男、若干二十歳(ハタチ)にして、狙撃世界選手権を、多撃銃(アサルトライフル)で、その選手権始まって以来の最年少で優勝を果たした。後日刑事として刑事班に配属される前、様々な訓練を行う刑事学校の銃撃科を、異例の成績で卒業、第九班に配属となる。今まで殺して来た罪人は数知れず、彼にかかれば百発百中の腕前で、いとも簡単に頭を貫くことが出来る。その精密さ故、付いた二つ名は『銃撃之神(アサルト・ゴット)』である。

既に椿は、あの大部隊の中の一人を射抜いていた。続いて二人、三人と、敵の反撃もままならないまま、あっさり、半分程度を殺してしまった。

「流石、銃撃の髪と謳われているだけあって、凄いな。」

「そんなことないですよ。それより、首領は任せましたよ。」

もう一つは、刃と刃を打ち付け合う、超接近戦。けれど、防護壁を起動した今、正面玄関から出ることは無論、不可能である。それを破った半機人がいる。その半機人こそ、特警刑事第九班の班長、この俺、逆戟六牙である。

俺の腰左右に付けられた。直方体の重い機械。これが、常識を超えた『飛行機動装置』である。動力源は『可燃気体原動機関(ガスタービンエンジン)』。強力な推進力を利用して、飛行する。燃料は、横幅二十四センチメートル、半径三センチメートルの円筒型の燃料保管筒(タンク)に、現在でも一般的に使われているプロパンガスの数百倍濃い濃度のガスを注入している。

この画期的な構成(システム)によって、飛行時間は、最大五時間、最高速度は秒速百メートルと脅威的なまでに強力な装備となった。速度の加減、方向転換等の操作は、左眼から発せられる演算機を媒介とした脳波によって行われる。つまり、これは俺にしか扱えない、俺専用の装備である。

片方の飛行機動装置につき、二つの可燃気体原動機関があり、始動時は、四つの青い瓦斯光(ガスライト)が照り輝く。飛行できる状態となったら、元いた位置から姿を消すのは、一瞬である。奴等の目の前に登場したのは、ほんの一秒ほどだった。相手の誰もが、武器を構え、汗を垂らす。血を踏み、胸を張り、面と向かって立っている俺の前に同類別種の男が現れ、立派な佇まいをする。これこそ、善(ケイジ)と悪(ザイニン)の本気の対立である。

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