ジョン・マクドナルド Story 2 - 親父ケビンの話
苺原 永
第1話 親父ケビンの少年時代
ケビン、 つまり私の親父(おやじ)が生まれてすぐの1941年12月8日に勃発した、真珠湾攻撃で始まった太平洋戦争はアメリカにとって、むしろ経済的な脅威となりました。日本軍は東南アジアに広がる植民地政策をひく、イギリス・アメリカ・オランダ軍に対し圧倒的にかつ迅速に戦局を進め、瞬く間にイギリス領であったシンガポールやマレー半島全域、アメリカの植民地であったフィリピンなどの重要拠点を奪取しました。日本軍は中国戦線においても北京や上海などの主要都市を占領ました。翌年の9月には日本海軍の大型潜水艦に搭載された日本海軍機がアメリカ西海岸のオレゴン州を2度にわたり空襲しました。この空襲は、それまでの独立以来、アメリカ本土に対する唯一の砲撃となっています。アメリカ国民は日本に対する恐怖心が膨大すると同時に国内の日本人に対する弾圧が強化されます。しかし、物量で圧倒的に豊富なアメリカは、反撃を開始します。レイテ沖海戦においてアメリカ軍は日本海軍に大勝し、日本連合艦隊は事実上、壊滅しました。その後は、太平洋上の軍事拠点となっていた島を次々に奪回し、東京を空襲し、ついに沖縄を陥落させます。その後、ナチス・ドイツが連合軍に降伏し、8月6日に広島に、次いで8月9日に長崎に対して原子爆弾が投下されました。天皇は8月14日ポツダム宣言の受諾し、ヨーロッパ戦線も含めると7年に渡って続いた第二次世界大戦はついに終結しました。
エイドリアンじいさんもクリスティーナも、ほとんどのアメリカ人は当たり前ですが、戦争が嫌いでした。軍事的理由ではじめられる戦争は政府と軍部の政策理由で、結局、苦しむのは一般民衆です。エイドリアンじいさんもクリスティーナも遠い親戚や職場の子供、知人の子が何人か死んでいきました。マルディーニ氏によると、彼の関係で13回の葬儀に出席したそうです。戦争は、人々に「笑う」。機会を奪いました。アーリントン・パークも決して手放しで楽しめる場所ではなくなりました。しかし、終戦を迎え、アーリントン・パークは活気を少しずつ取り戻していきました。マルディーニ氏は商売人です。セレモニーの頭には必ず、戦没者への黙祷を行いますし、チャリティーレースの企画を行って戦没者家族に追悼金を送って、ジェスチャーとは言え来場者を増やしていきました。
やっと、エイドリアンじいさんの収入レベルは回復し、クリスティーナにもケビンにも余裕を持った生活ができるようになりました。アメリカは世界でまだまだ、朝鮮などの問題を抱えていましたが、国内では平穏さを取り戻し、生活も豊かになってきました。そうなると、スポーツに対する応援や活動も公に派手な活動が始まりました。相変わらずエイドリアンじいさんとクリスティーナは、ラジオでなく今度は買ったばかりのテレビでヤンキース対レッドソックス戦に夢中でした。ジョー・ディマジオ、ヨギ・ベラのヤンキース対テッド・ウィリアムスのレッドソックス戦はすごいものがありました。事実、46年のアメリカンリーグはボストンが優勝、よく47年はヤンキースがアメリカンリーグ、およびブルックリン・ドジャースを破りワールドシリーズでも優勝しています。もちろん、わけも分からずケビンもプラスティックのバットを振り回して応援しています。
日本では競馬のギャンブルが絡むからでしょうか、ジョッキーは「スポーツ選手」、とは思えないようですが、エイドリアンじいさんはアメリカでは立派なプロスポーツでの選手でした。だからでしょうか、ケビンは血を受け継いだようで、学校に通うようになって、すべてのスポーツで抜群の運動神経をしていました。身体能力は体の成長過程でどんどん変わりますが、瞬発力、持続性体力、動体視力、感性などはあまり変わりません。しかし、ケビンはあらゆるスポーツに興味を示し、学校が終わるとすぐに自転車で遊びに行ってしまいました。近所の子とベースボール、バスケットボール、アメリカンフットボール、サッカー、テニス、ドッジボール、ホッケー、水泳…。ありとあらゆるスポーツにチャレンジしました。
アメリカではすべてのシーズンで異なったプロスポーツが行われていますので、試合に興奮、感動したら次の日は決まってそのスポーツを遊びでやりますので、自然といろいろなスポーツをするようになります。また、日本と違いとにかく安全に遊べる広い土地がいっぱいありますし、ベースボールのグラウンドなども常に開放されていて遊び場に困ることはありません。
おやじのケビンがそのいっぱいあるスポーツで特に興味を示したのがベースボールとバスケットボールでした。ベースボールはエイドリアンじいさんとクリスティーナというベースボール狂の子供ですから仕方がありませんが、バスケットボールは、その当時、比較的新しいスポーツでしたが、絶え間なく動くボールに実況も早口でしゃべり、ついつい興奮するアナウンサーが出るほどエキサイティングなスポーツでした。バスケットボールは、意外でしょうがカナダ人によって生まれました。ほとんどのアメリカ人もアメリカ人によって生まれたと思っているのですが、1891年に、ジェームズ・ネイスミス博士(オンタリオ州のカナダ人)によって発明されました。ジェームズ・ネイスミス博士はスプリングフィールド(マサチューセッツ)のYMCAトレーニング学校で教育クラスを指揮している時に、新しい屋内スポーツ活動を作成するタスクを与えられて、私たちが今バスケットボールと呼ぶものを設計しました。オリジナルのゲームは13の規則、および床の上に10フィートに掛けられた桃を入れるバスケットを使いました。確かに、アメリカで起こったスポーツですがが、少なくとも最初のゲームに参加した選手の10人は、ケベックの大学生でした。
ケビンはこのスポーツをこよなく愛していました。ケビンがエイドリアンじいさんに頼んで家のガレージの上にバスケットをくくり付けてもらったのは、1952年の12歳のときでした。ケビンの一家が住んでいたのは、シカゴの郊外でダウンタウンまで車で30分くらいのところでしたから、いわゆる新興住宅街で子供づれの家族が多い地域でマウント・プロスペクトと呼ばれるところでした。遊ぶ相手には事欠きません。お陰で、マクドナルド家のドライブウェーは子供の溜まり場になっていました。しかし、母親のクリスティーナはレモネードを作って出してやったり、時にはレフェリーもやったりしてくれました。(本当はルールがよく判っていないのですが、お構いなしです。)もっとも、この頃のバスケットボールのルールは13か条しかありませんでした。有名な「ジェームズ・ネイスミス博士の13のルール」です。
(これは作者の私信ですが、スポーツは簡単で子供が判るルールで、しかも簡単にどこでもできなければならないと思います。実はイギリス生まれのスポーツが世界を席巻しています。クリケット、ゴルフ、ラグビー、テニス、サッカーなど、ボールを使う競技ばかりで、競技人口で言うと世界一のスポーツ発案国がイギリスです。バスケットボールはカナダ人の発明でアメリカ育ちですが、ベースボールはクリケットから転じたといわれるものです。また、アメリカンフットボールはラグビーに起因しています。面白いのは日本で生まれたスポーツにボールを使うものはありません。もともとは中国大陸からの影響があったのでしょうが、柔道、剣道、相撲、空手、など。参考まで)
今日も友達10人ぐらいとバスケットボールのプレイに走り回っていました。3対3をやるのですが、ケビンがやはり自他とも認める一番上手なプレーヤーです。自分で白のペンキで書いたフリースローラインからのシュートは百発百中です。ケビンが優れていたのは、パスが速くて正確、ドリブルが上手で相手に取られない、シュートが正確、足が速い、など重要な要素はすべて満たしていましたが、通りわけケビンは周りの選手がよく見えていました。エイドリアンじいさんからよく言われていることに、「周りをよく見ろ。競馬でも、バスケットボールでも、ベースボールでも、ゲームには必ず敵と味方がいるはずだ。ゲームで一番大切なのはその周りで何が起こっているかを注意深く見て、とっさの判断ができることだ。これをペネトレーション(洞察力)と呼ぶ。その判断したことをすばやく実行できる体力、瞬発力、持久力とテクニックを日ごろから養うことが大事だよ」。ケビンはそれを実行していました。それに、その当時強かったNBAのミネアポリス、ニューヨーク、シラキュース、フィラデルフィア、フォートウェインのゲームは必ずテレビで見ていました。しかも周りの選手の動きに敏感に反応してエイドリアンじいさんとクリスティーナに解説するのでした。
ただし、ヤンキースの試合があると、エイドリアンじいさんもクリスティーナも絶対にテレビを譲ってくれませんでした。ヤンキースはその当時、1947年と1949年から1951年までワールドシリーズで優勝しています。今年もヤンキースとブルックリン・ドジャース(現・ロサンジェルス。ドジャースとはもともとブルックリンの子供がよく遊んだドッジボールをする人という意味でつけられた。)との戦いです。その年のワールドシリーズは最終戦までもつれ、最後にヤンキースが勝ってエイドリアンじいさんもクリスティーナも抱き合って踊る始末でした。ケビンも野球も好きでしたが、さすがに12歳の子供には気恥ずかしくて踊りには参加しませんでした。その夜ケビンは「You are so childish! - 大人って他愛無いんだから」、といって首を振ったのをみて、エイドリアンじいさんとクリスティーナが泣いて笑っていたのを今でも思い出すそうです。
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