第6話帰還
僕は混乱した。
夢を見ていなかったという僕の見ていたあの夢のことを、どう言い出したものやら。
途惑っていると、
「何か心当たりがあるんですね、高田さん? 私が食い下がるのにも理由があるのです」
博士はタバコの火を消して続けた。
「さきほどお話しした彼ですが、機械の体になった後は意志の疎通が回復したのです。多くは語りませんでした。主に次元接続体とケイオスウェーブという、新しい概念に関する講義が中心でしたが、旧来の友人だった私とは、ごく私的な別れの挨拶も交わしています。彼はこう言いました。ケイオスウェーブの謎を解くために、他の平行世界と異次元を巡る旅に出ると……。彼の肉体はしばらく後に彼によって隠されてしまいました。しかし、高田さん。あなたの身体の状況は、異世界に旅立った彼の肉体の状況によく似ていた」
博士は身を乗り出し、熱をこめて言った。
「高田さん、あなたはもしかしたら、他の物体に意識を移していたんじゃないんですか? もしかしたら、他の世界を旅してきたのではないですか! 教えてください! 私にその事を!」
「……」
鍬金博士の導きによって、僕の中で確固としたものが形作られていた。
僕は自分の能力について、今はっきりと意識することができた。
伊緒もリサも真陽奈も夢じゃない。
実在する人物だ。
この世界とは別の宇宙に。
僕の力はタイムスリップならぬ、次元スリップ。
高田明人はやはり僕自身だ。多くの分岐を違えた末の。
無限に連なる平行世界を、あまりに遠くへ旅してしまったため、名前も容姿も年齢さえも変わってしまったけれど、明人は昌男なのだ。
次元接続体・高田昌男は自分の願望を満たすため、時間の外で長いことあのような世界を探していただろう。
そして分岐をたどり続けて、明人たる僕と三人のいる世界を見つけ、落ち着こうとしたはずだ。
何かの弾みでこちらに帰ってきてしまったが、今すぐにでも向こうに戻りたい。
何より重大な懸念がある。
僕は放って置かれる分には不死身かもしれないけど、注射針が刺さる。
物理的な力に対しては不死身とも思えない。
現在、ここで何か起こって僕が死んでしまえば、それで全て終わりだ。
高田明人も、もしかしたら昏睡状態になっているかもしれない。
向こうの世界の女の子たち三人を悲しませたくはなかった。
どちらかを選ばなければならないとしても、僕は断然向こうを選ぶ。
向こうへ行ってしまえば、たぶんこちらの身体が死んだとしても、何も問題ないはずだ。そんな気がする。
鍬金博士の吐いた紫煙の漂う部屋の中、僕は静かに告げた。
「いろいろありがとうございます、鍬金博士。彼とは少し違いますが、僕も彼と似た選択肢を選ぶことにします。こっち側に残していって惜しいものは何も無い。僕はそんな男なんですから」
このまま次元スリップを開始する。
ひどいめまいに目を開けていられなくなった。
身体がこわばり、感覚がなくなっていく。
両親にはちょっとごめんなさい。
でも、厳密に言えば死ぬわけでもないし。
こっちに残ったところで、どうせ孫の顔も見せられやしない。
その分、向こうの両親にはなんとかしてあげよう。
遠のく意識の中で、鍬金博士の声が聞こえた。
「高田さん! 待ってください! まだ……」
鍬金博士にも、ごめんなさいだな……。
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