第4話目覚め

 目を覚ますと、白い天井が見えた。


 頭がくらくらするし、身体が重い。


 真陽奈も伊緒もリサもいない。


 病室か……?


 目を擦ろうと右腕を持ち上げると、そこには白いコードが付けられていた。

 それだけじゃない。

 その腕は太くて肌の張りがなく、体毛が濃かった。


 僕の腕じゃない! 


 眠気が吹き飛んだ。

 呼吸が浅く速いものになるのを感じながら身を起こすと、今度は腹部に圧迫感を感じた。

 たっぷり贅肉のついた腹が、白いTシャツをこんもり盛り上げている。

 胸にも肉が盛り上がってるし、下半身、灰色のトランクスから伸びる丸い太ももから脛まで、黒くて濃い体毛で覆われていた。


 僕は声も出せず、狂おしく鏡を探す。

 右手側の壁が、全面鏡張りになっていた。

 そこに映っていたのは、ベッドの上に身を起こし、頭と腕と脚に白いコードをつけてうろたえている、でっぷり太った中年男の姿だった。


 そんなバカな、メガネをかけてよく確かめないと!


 僕はメガネを探しかけ、すぐに思いなおした。

 ……いや、そんな必要はない。

 よく見えている。

 物心つき始めたころからメガネをかけていた僕だけど、ここ一ヶ月で急激に視力が回復したんだった。

 その現実がきっかけとなって、寄せ波のように記憶が蘇ってくる。


 鏡に映っている中年男は、間違いなく僕だ。


 僕の名前は高田昌男たあだまさお。三十八歳。職業はゲームのプログラマー。

 練馬のアパートで寂しく地味な生活を送っている独身男だ……。


 伊緒、リサ、真陽奈……すべては夢だったのか。


「ああ……」

 僕は両手に顔をうずめて嘆息した。

「楽しかった……」

 高田明人として過ごした十七年間のリアリティが、その現実感の強さをもって、今の僕を打ちのめす。

 しばらく泣くに泣けぬ悲嘆にくれていると、当然の疑問が湧いてきた。


 ここはどこだ?


 白い室内は病室を思わせるけど、普通の病室じゃない。

 ドアが一つに窓は無し、ベッド一つが置けるくらいの広さしかない僕専用個室だ。

 右側の壁だけが鏡張りということは、僕は向こう側から観察されているのだろうか。

 体中についた白いコードはすべて、枕もとに立つ四角い機械につながれていた。

 たぶん脳波に脈拍……全部測りっぱなしか?

 僕はすべてのコードを身体から剥がして、ベッドから床の上に降り立った。

 気分は沈んでいたし、身体も重く感じるけど、酷い病気という気はしない。

 事情を聞くためにドアへ向かうと、ちょうど外側からドアが開いた。

 ドアを開けたのは、髪も髭ももじゃもじゃの男だった。

 白衣を着て黒縁メガネをかけている。

 歳は僕とそんなに変わらないだろう。


 その男は慌てふためいた様子で話しかけてきた。

「う、動けるんですか? 大丈夫ですか?」

「ええ、そりゃまあ……」

 僕はぶっきらぼうに答える。

 男は、僕の頭から足の先までに視線を走らせてから続けた。

「我々はこの半年間、ほとんど何のケアもせずにあなたを見守ってきました。あなたのことを次元接続体じげんせつぞくたいと判断したからです」

「……えっ?!」

 飲み込むのに少しの間が必要だった。


 半年……次元接続体……?!


「あなたは間違いなく次元接続体と言えましょう。半年ものあいだ寝たきりだった人間が立てるわけはないですから。まずは採血させてください。必要なことなんです」

「……わかりました」

 思っていたよりずっと複雑なことになってきた。

 ここは彼の言うことを聞いて、一つずつ順序立てて物事を消化していくしかない……。 

 

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