第一章-4 『無双の覚醒』

 状況は一変する。 

 想定し得ぬ第三者の介入。

 一度は意図して作った魔女との直線上に少年の拳が割り込んだ。

 相応たる力を持って。

 

 これは有り得ぬ筈の意趣返し。

 リリィもサイラスも理解不能な事象に絶句している。

 ライアは1人、言葉を紡いだ。


「代償は払って貰うぞ。サイラス・アディンセル」


 第2ラウンドが始まる。

 

 怒りに染まった魔人は腕を振り上げ、殴打の構えを取った。

 それは、至極単純で原始的な闘法。

 魔法が普及するこの世界では本来、実用足り得ないはずの技だ。

 

 ***

 

 そもそも、魔法の中には様々な分類があるのだが、その中でも一見ポピュラーとも思える「強化」魔法は非常に扱いが難しいとされている。

 通常の魔法はマナを体内で循環させ放出するという機構上、身体はあくまで媒介の道具でしかない。

 だが、強化魔法は最終的に身体能力を強化することが目的なので、身体に媒介器とその受け皿の役割を同時に押しつける事になる。

 初級だと殆ど効果が得られず、中級以上だと失敗したり加減を間違えた際にとんでもないしっぺ返しを食らう可能性があるという問題もあって、強化魔法の使い手は殆ど存在しない。

 

 ただ、実践的に強化魔法を使う方法が幾つか存在する。

 

 その1つが、現にサイラスが使っている所謂「禁術」と呼ばれる魔法だ。

 禁術は文字通り、魔導騎士連盟によって貴賤を問わず使用が禁止されている。

 理由は幾つかあるのだが、主な理由は2つ。

 第一に、詠唱の際にマナを蓄えた魔導士の生贄が必要であること。

 第二に、殆どの術者が精神的な汚染を引き起こすこと。

 

 当然ながら、これだけのリスクと引き替えに詠唱される禁術は常軌を逸した性能を誇り、それが強化魔法であっても術者への肉体的ダメージは少ない。

 結果として、強化系の禁術を用いれば常識外れの身体能力と魔法への強耐性を得ることができるが、精神汚染によりコントロールの効かない狂戦士が誕生する事となる。


 そしてーーー


 先程は手も足も出なかった魔人の拳が振り下ろされる。

 禁術で強化された肢体を振るうだけの簡単な作業。

 明快な勝利への方程式。


 サイラスがこの禁術を使ったのは二度目だった。

 元来彼は臆病な男であり、タイマンでの殴り合いなど行える度胸は無い。 

 しかし、その裏で自分に抵抗出来ないと分かっている相手を痛めつけることを好む悪趣味な男でもあり、その矛先は最初に彼の妹へと向けられた。

 自分より魔導士としてあらゆる面で優れ、感情が希薄で決して逆らわない妹は彼の絶好のストレス解消の捌け口になっていたのだが、それで彼の才能が開花するわけでは無い。

 日に日に溜まる苛立ちに、魔の誘惑がつけ込むことは実に容易だった。

 

 ついに、サイラスは力を求めて禁術に手を出した。

 非合法で行われた禁術の実験、その被験者として。

 

 一度使ってしまった圧倒的な力は、彼の人格すら変えてしまった。

 禁術を行使して以降、その効果が切れても彼の臆病さは影を潜め、代わりに凶暴性が表に出てくるようになる。

 “切り札”を持った自信は彼の行動力を飛躍的に高め、魔導騎士マクファーレンの側近となる程に上り詰めた。

 

 その頃には、彼の精神が完全に汚染されている事に彼自身も気づいていなかった。

 

 リリィとの交渉の際も、あれだけ強気だったのはいざとなれば勝てる自信があったからだ。

 次に禁術を使った時の代償など、この時既に考えられる状態に無かった。

 

 再び禁術を使ったサイラスは、もはや命令など忘れ本能でしか動いていない。

 自分は強いのだから、誰を痛めつけても抵抗出来まいという自信。

 それだけが彼を動かしていた。


 

 そうして、その本能だけで放った魔人の拳は、またしてもただの・・・少年の拳によって止められた。

 本能が、揺らぎ始める。


「グォォォォァァッッッッ!!」


 魔人の雄叫びは僅かに震えていた。


「食らえ、『白蓮掌破』ッッ!!」


 次の瞬間、ライアは魔人の懐に飛び込み左腕で一撃を放つ。

 さっきは全くダメージを与えられなかったが、今回のそれは威力が違った。

 魔人の身体が浮き上がり、息が漏れる。

 

「穿て、『黒蓮烈破』ッッ!!」


 返す右腕が魔人の顳顬を強打する。

 先程までとはまるで違う威力の連撃に、魔人は怯んで動けない。

 後ろでその一部始終を見ていたリリィにも異変は伝わっていた。

 

 ライアの身体に吸い込まれていくマナの量が尋常ではない。

 ついさっきまでは魔法を使わない彼のマナの蓄積量は微々たるものだった。

 それが今では溢れんばかりのマナを取り込み、攻撃の瞬間に放っている。

 何より、その一連の機構はリリィも今まで見たことの無い、魔法とは違う何かなのだ。

 

 そして、その異変はライア自身が一番理解していた。

 身体に力が漲り、魔人へ攻撃が通じる。

 その際に無意識に口走っていた技の名前。

 全てはあの夢のような幻覚の後からだ。

 

 不思議な声は言っていた。

 深淵を覗く覚悟はあるかと。

 契約は為されたと。


 再び、ライアの脳内に声が響く。


「其の言霊は、法力の結晶。其の記憶は、契約の履行。其の力は、冀望の代行。貴方の技は私の記憶の残滓......」

 

 闇の中で聞こえた声は、今はっきりとその存在を顕わにした。


 ーーー要するに、俺はあの声の主と契約を結んで力を借りてるってことか。


 無論、契約が結ばれたからといって魔法が使えるようになった訳じゃない。

 だが、ライアの拳は魔人に通るようになった。

 頭の中に浮かんだ技の名と共に放つ拳は威力が段違いだ。

 身体の中でマナが循環している脈動を感じ、それに併せて身体が軽くなったような感覚を覚える。


 ーーー今度・・は、護ってみせる!!

 

 ライアは魔人を見据えた。

 魔人の様子はこの複数回の攻撃で変化している。

 最初の獰猛な威圧感は見る影もなく、本能的に怯えているのだ。

 与えられた力によって作られた虚構の自信は崩れるのも早い。

 

「......グッ、グォォァァッッ!! クソガァァァッッッ!! 殺シテヤルッッ!!」


 魔人は手当たり次第に乱打を繰り返すが、ライアはこれをすべて躱した。

 

「無駄だ。あんたにもう勝ち目は無い」


 身体を屈めて殴打を躱し、魔人の胸部に掌底を叩き込む。

 衝撃でついに魔人が膝をついた。

 

「終わりだ、『蒼蓮煌破』ッッッ!!!」


 ライアの渾身の一撃が魔人の顔面を捉える。

 魔人はそのまま後ろに吹き飛び、仰向けになって動かなくなった。


 ***


「勝ったのか......俺は」


「ライアっっ!!」


 後ろからリリィが抱きついてくる。

 安堵と共に疲れが押し寄せてきた。

 

「本当に、心配したんだから......無茶しないでって言ったのに」


「そんな姿で言われても説得力が無いよ。リリィも傷だらけじゃないか」


 お互いボロボロになっているのを見て、2人して笑い合う。


「それにしても、ライアってば突然あんなに強くなっちゃうんだから驚いたわ。一体何があったの?」


「何って言われても困るな。さっき倒れてた時に突然変な声が聞こえてきて、気づいたらなんか強くなってたとしか......」


 そう言った瞬間、リリィの顔が真っ赤に染まった。


「ええっ!? ライア、あの時気絶してたんじゃないの!? もしかして、私の言ってたこととか聞こえてた......?」


「えっ? いや、気がついたのは気絶した俺をリリィが庇ってくれてた時だからな。何か言ってたのか?」


「ううん、何でもない、かな。そう、何でもないのよ。忘れて頂戴?」


 ライアは不審に思ったが、それ以上は追求しなかった。

 それより今は、そこで倒れている魔人が優先だ。


「なぁ、リリィ。こいつは何だったんだ?」


「そうね、普段のコイツ、サイラス・アディンセルはただの魔導士に過ぎないわ。でも、コイツは禁術に手を出したのよ。もう後戻りは出来ないでしょうね。こうなったらもう、殺すしかない」


「禁術ってこの前リリィが言ってたやつの事だよな?」


「ええ、ライアはまだ詳しくは知らないと思うけど、禁術に手を出した末路がコレよ。分かってると思うけど、絶対に禁術なんかに手を出したらダメだからね?」


「ああ、こんな姿にはなりたくないからな」


 倒れている魔人、サイラスは最早人としての原型を留めていない。

 これが禁術使いの末路だと思うとゾッとする話だ。


 不意に、サイラスの身体がぴくりと動いた。


「マダダ、マダ俺ハ負ケテナイゾッッ!! 殺シテヤルッッ!!」


 怨嗟の混じった声でサイラスが唸る。

 執念で動くその姿にライアもリリィも背筋が凍った。


「いい加減にしなさい。貴方の負けよ」


「フン、誰ガ負ケタッテ? 笑ワセルゼッッ!! テメェ一人ジャ俺様ニ手モ足モ出ナカッタクセニヨォ!! オイ、クソガキ!! 魔女ニ唆カサレテ良イヨウニ使ワレル気分ハドウダァ!?」


「っっ......」


 リリィは唇を噛んだ。

 これが終わればライアに全てを話さなければならないだろう。

 黙っていたせいで、ライアを巻き込んでしまったのだから。

 その後にライアがどんな反応を取るかは分からないが、拒絶されるだろう事は分かりきっていた。

 

「何言ってんだよ、アイツは?」


「今は気にしないで。終わったら、全部話すから」


 リリィは詠唱を始め、サイラスに狙いを定める。

 ライアも構えを取り直した。

 だが、次の瞬間、サイラスの身体から煙幕のようなものが吹き出した。

 リリィはすかさず風魔法『ヘクトウィンディア』を放つが、サイラスは既にそこにいない。


「俺ニ逆ラウ奴ハ殺シテヤル!! 『ディアグリオン』ッッッ!!」


 サイラスは後ろに回り込み、詠唱を行った。

 2人が振り返ると、そこには右腕に業炎を纏った魔人の姿。


「死ネェェェッッッ!!!」


 魔人の執念の拳が炎を纏って飛んでくる。

 リリィは再度詠唱を始めるが、もう間に合わない。


 だが、ライアの反応速度は、更にそれの上を行った。


 魔人の右ストレートを最短距離で躱し、右のローキックを叩き込む。  

 バランスが崩れる魔人の懐に飛び込みアッパーを放つと同時に右肘と右膝で魔人の二の腕を挟んで威力を殺す。

 これで、拳がリリィに届くことはない。

 左脚で着地したライアはその脚を軸にして右の後ろ回し蹴りを魔人の側頭部に打ち込み、返す左腕で裏拳、そのまま右で必殺の一撃を放つ。

 

「沈め、『紅蓮業破』ッッッッ!!!!」


 この間、僅か数秒。

 リリィもサイラスも何が起こったか分からず呆気に取られていた。

 流れるような連撃は、魔人サイラスの執念ごと意識を刈り取る。

 しかし、魔人サイラスは倒れる間際、脚を地に着けかろうじて踏みとどまった。


「どれだけしぶといんだよ、アンタは」


「マダ......終ッテネエゾォッ!! クソガキガァッッ!!」


 

 そうして、風前の灯火として残った僅かな意識はーーー


 魔人の背後から放たれた光の矢によって完全に途切れた。


「そこまでだ、サイラス・アディンセル。君は魔導騎士盟約に乗っ取り、僕がこの場で断罪する!!」


 現れたのは白い騎士服に身を包んだ1人の青年だった。


「貫け、『アセンティオン』ッッ!!」


 追加で放たれた光の矢が魔人に隙間なく突き刺さる。

 矢で射貫かれた魔人は片膝をついたまま、その場に磔となった。


 騎士風の青年は魔人に一瞥することもなく2人に近づいてくる。


「遅くなってすまない、リリアンネ君。それと、君に会うのは初めてだね。僕はエンデュミア領魔導院ラ・メイソン所属の正魔導騎士、アルヴィン・カーライルだ」


 騎士は、そう言って微笑んだ。



 ******

《魔法図鑑-4》

『ヘクトウィンディア』

 風属性/RANK4

 射程/前方・拡散

 分類/攻撃・ウェーブ

 コスト指数/120

 威力指数/200

 ディレイ/中


『ディアグリオン』

 炎属性/RANK6

 射程/術者自身

 分類/武装・チャージ

 コスト指数/360

 威力指数/-(90)

 効果時間/長

 能力/火炎による武装


『アセンティオン』

 光属性/RANK5

 射程/直線上・長距離

 分類/攻撃・ブラスト

 コスト指数/145

 威力指数/15

 ディレイ/中

 特殊効果/複数回攻撃

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る