LONELY GUARDIAN―守り人は孤独と愛を歌う―

馳月基矢

序:未来#A

序:未来#A

 運命というものがあるのなら、それは、多数の枝を持つ大樹のような姿をしているに違いない。何かの本で、そんなふうに読んだ。


 少年は、誓った。


「ぼくは、変えてみせる」


 苦しくて、悲しくて、寂しくて、涙の流し方も忘れるような、この十五年間を。


 運命の大樹の枝が分かれる可能性があるならば、幸せな未来へと分かれてゆく枝があるならば、何としても、その幸せな未来がほしい。



***



 リビングに硝煙の匂いが立ち込めていた。汚れた絨毯に身を伏せた少年は察していた。日常はもう戻ってこない、と。


「だから、行け。行って、戦え」


 伯父は少年に告げた。その目からは、急速に命の灯が消えつつある。


「でも、このままじゃ……」

「このままじゃ共倒れだ。私のことはいい。行け、おう


 伯父は大きな手のひらで少年の頬を包んだ。少年は、泣いてはいなかった。泣きたいと思った。


 純白の宝珠が少年の手の中でまたたいた。急かすかのように、チカチカと、せわしないリズムだ。


 伯父の手のひらが宝珠に触れた。彼はささやいた。


はくじゅうしゅよ、応えよ。この者、師央を過去へ連れてゆけ。代償は、ここにある」


 伯父は自らの胸を指し示した。まだ動く心臓を収めた、左の胸を。


 白獣珠が、猛虎が牙を剥くようにギラリと輝いた。一条の白い光が伯父に突き刺さる。少年が目を見張った。


「伯父さ……」


 少年の姿が掻き消えた。白獣珠もまた、少年の手にいだかれて去った。


 ひとり残された伯父は、すでに息絶えている――。



***



 ――少年は、ひび割れたコンクリートに膝をついた。


「嘘だ。力不足だなんて、そんな」


 赤ん坊の声が聞こえている。父も母も倒れ伏している。


 母が、赤ん坊を胸にかばっていた。父は、母と赤ん坊とをまとめて抱きかかえていた。二人の体の下に、血だまりが広がっていく。


「パパ! ママ!」


 少年は叫んだ。昔から、そう呼んでみたかった。甘えたふうの呼び方をしてみたかった。応える父母の声は、ない。ただ、赤ん坊だけが泣いている。幼い日の少年自身だけが、命の限りに泣き叫んでいる。


「師央、なんだな……?」


 かすかに微笑む若き日の伯父の胸にも、今しがた被弾した銃創がある。シャツが赤く濡れていく。伯父は、ガクリと、くずおれた。


「伯父さんっ」


 十五歳のあの日に一度。十五年の時をさかのぼって、再び。どうして二度も伯父の死に際を見なくてはならない?


 運命は修正可能なはずだ。未来を決める分岐点が必ずあるはずだ。幸せな未来を生きるひとえだを、絶対に手に入れたい。


 それなのに、少年は救えていない。父も母も。それどころか、生存するはずの伯父まで死なせてしまった。


「イヤだ。こんな運命は、イヤだ!」


 銃声。


 少年はその瞬間、誰かの腕と胸に抱えられた状態で地面に叩き付けられている。少年をかばった男は、顔を上げた。緩く波打つ髪の下で、緑がかった目が微笑んだ。


「だから、行きなさい。行って、戦って」

「あなたは?」

「カイガ、と覚えておいてください」


 男は少年の持つ白獣珠に何事かをささやいた。少年の姿が、白い光に包まれて消えた。男はまた、自らの持つ宝珠に語りかけた。


げんじゅうしゅ、最後の頼みです。ふみのりくんを蘇生して。この一枝には、彼の存在が必要だから。代償は、ぼくの命」


 黒い光が弾けた。男は絶命した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る