第511話 暗闇に潜む女獅子➄
その時、白き影が夜を駆けていた。
音もなく疾走するそれは鎧機兵だった。
半月の額当てを着けたヘルムに、優雅な純白の鎧装。背には天へと弧を描く巨大な刃を台座に、左右それぞれ三本の剣を吊るした骨組みだけの翼がある。
その手に持つのは剣腹に精緻な紋様を施されている
――機体名を《アズシエル》。
今やサザンにおける正義の象徴。
その名を知らない者はいないほどの有名な機体だった。
そんな正義の機体は竜尾を揺らして、白光で夜の闇を裂いていく。
「……ぬう!」
その操手が操縦棍を握りしめて唸る。
「余計な会議を……出遅れてしまったではないか!」
大いに不満も吐く。
彼は現在、顔を完全に覆うヘルムを被っているのだが、今となっては表の顔こそが彼にとっては面倒な『仮面』だった。
「やはり代理者……仕事を任せる側近が必要か」
そんなことを思う。
おかげであまり策も練れなかった。
だが、それで良かったのかもしれない。
結局のところ、こういうことはシンプルなのがベストなのだ。
いずれにせよ、今は急がねばならない時だった。
「――さあ!」
仮面の騎士は叫ぶ!
「待っていてくれ! 我が宿敵よ!」
◆
「(コウタさま。これはもしかして……)」
「(……うん。たぶん伯爵さまの……)」
と、山賊に囲まれたリーゼとコウタが小声でやり取りする。
サザンの近郊には、山賊も多く潜んでいると聞く。
だが、山賊が狙うのはほぼ商団だけだ。
明らかに貴族だと分かる一団は基本的には狙わない。
理由はメリットが少なくリスクが高いこと。
貴族といっても貴金属を大量に持って歩きまわっている訳ではない。
身代金や人身売買などに使えなくもないが、貴族には報復のリスクがある。
触らぬ神に祟りなしだ。
そのため、誤って貴族を襲撃しても馬車自体は見逃し、
まあ、騎士の中には貴族もいるのだが、騎士団からすれば雑用とも呼べる街道の護衛に就くような騎士はほとんどが下級貴族だ。貧乏貴族が報復など考えない。
傭兵は自己責任。
騎士団としては厳しいようだが、戦死と扱われるのが常だった。
そして今回、コウタたちが乗ってきた馬車はハウル家所有のモノだ。
言うまでもなく貴族の中の貴族。
馬車には誰が見ても立派だと感じる家紋も刻まれている。
いくら護衛の姿がないと言っても――いや、むしろ護衛がないことに警戒して、普通の山賊ならば襲撃は避けるはずだった。
(なのにわざわざ出てくるって、やっぱり伯爵の仕込みなんだろうなあ)
コウタはそんなことを考えてた。
そして、
『……零号? 聞こえる?』
コウタと零号――《
『……ム? コウタカ?』
零号はすぐに返してきた。
相変わらずよく聞こえる。遠話はやはり便利だなと思った。
ただ、今回は予想外のことが起きた。
『――えっ? 閣下?』
不意に女性の声も聞こえてきたのである。
『か、閣下の声か? 幻聴か? うわっ、うそ、まさか、私はこんな時にまで閣下を想うほどに恋焦がれているの……?』
『え? えっと、リッカ?』
その声はリッカのモノだった。
『……護剣獣ハ、ハナレテイテモ、意志ノ疎通ガデキルガ』
零号が興味深そうに呟いた。
『……驚イタナ。人間ダト、遠話モ使エルノカ』
『そうだったんだ。リッカ。落ち着いて』
状況を理解してコウタが、リッカに話しかける。
『これも護剣獣の異能の一つだよ。ちょっと君たちの状況を教えて欲しい』
『……閣下?』
リッカは少し落ち着きを取り戻して答える。
『そうでしたか。我々の状況ですが』
一拍おいて、
『二十名ほどの山賊に襲撃を受けております。いま五人ほど無力化しました』
『やっぱりか。みんな無事? メルとアイリは? あと御者さんも』
『ご安心を。ご無事です。姫さまやリノさま。アヤメさまも』
『リッカは? リッカも怪我してない? 無理はしてない? 辛くはない?』
コウタにそう問われて、
『……はい』
と、一拍間が空いたのは、コウタが自分にも気にかけてくれたことにリッカの頬が微かに朱に染まったからだ。ただし、丁度その拳は山賊の顔を打ち砕いていたが。
『私の心はもう大丈夫です。じきに掃討も終わります。もしや閣下も襲撃を?』
『うん。二十人ぐらいに』
『ッ! ではすぐそちらに!』
リッカの提言に、コウタは一瞬考えた。
『いや。万が一にでも馬車を失うと大変だし、そっちには非戦闘員も多いから、そっちを掃討したら、そこで敵の増援を警戒して。ジェイクにも連絡お願い』
『承知いたしました』
リッカとの遠話を終えて、コウタは山賊たちに目をやった。
ほとんどがただ凶器を持っただけのゴロツキたちだ。
重心も足運びも素人。コウタとリーゼなら五分もかからず掃討できる。
ただ、明らかに別格なのが二人いる。
(この人が山賊のリーダーか)
視線を女獅子のような山賊に向けた。
彼女は山賊レベルではない。立ち姿にも隙はなかった。
山賊の頭目というより、百戦錬磨の女傭兵のようだった。
そしてもう一人。
彼女の傍に控える騎士のような女性。秘めたる実力もそうだが、この中でも明らかに浮いた存在だった。何度見ても山賊には見えない。
山賊どもはきっと本物だ。さっきからリーゼを品定めするような目でジロジロと見る様は本当に不快だった。街のゴロツキレベルではない下衆の気配がする。全方位を囲われているので、リーゼを背中に隠しきれないのが無念だった。
(だけど)
コウタは双眸を細める。
この二人だけは、伯爵の側近の騎士ではないかと思った。
(バルカスさん並みに設定に忠実な人と、役に徹しきれなかった人って感じだ)
まだ裏であの変人伯爵が糸を引いているとは限らないが、いずれにせよ、この二人は警戒した方がいい実力者だった。
すると、
「……ザーラ」
女騎士が口を開いた。
「彼らの服。エリーズ国の騎士学校の制服よ」
「へえ~。そうなのかい」
ザーラと呼ばれた女山賊がまじまじとコウタたちを見やる。
「なら、あんたの後輩ってことかい。エリス」
「……ええ」
少し躊躇いつつエリスと呼ばれた女騎士が頷く。
そんな彼女の躊躇――迷いに気付き、ザーラは双眸を細めた。
「後悔してんのかい? あたしに付いたことを」
「いいえ」
それにはエリスは即答する。
「国への忠義も、騎士の誇りも。そしてあなたへの
「……そうかい」
ザーラは満足げに笑うと、くしゃくしゃとエリスの頭を撫でた。
「それでこそあたしの可愛いエリスだ。後でいい子いい子してやるよ」
「……も、もう。やめてよ。子供じゃないんだから」
と、少し恥ずかしそうに彼女はそっぽを向いた。
ザーラはそんなエリスを横目で見つつ、
「さて。エリスのおかげであんたらが騎士学校の生徒ってのは分かった」
改めてコウタたちを見据えた。
特にリーゼの方をまじまじと見やり、
「そっちの子は明らかに貴族さまだね。この状況でも佇まいが違う。あたしから見たら少し眩しいぐらいだよ」
そこで皮肉気に笑って、
「きっと大事に育てられたんだろうね。ああ、言っとくけど、馬車の方もそろそろ抑えた頃だから逃げんのは無駄さね。山賊は貴族と関わるのを嫌うといっても、やっぱ例外はあんのさ。流石に最低限の護衛ぐらいはつけるべきだったね」
そう告げて肩を竦めた。
それからコウタの方を見据えて、
「そんで残るは坊やだけなんだけど……あんたはかなり強いね。察するにお嬢ちゃんの個人的な護衛兼使用人ってとこかい?」
と、尋ねてくる。
(……う~ん)
一方、コウタはしみじみ思った。
やはり、リーゼと並ぶとコウタは使用人にしか見えないらしい。
何故か少し安心するのは何故だろうか。
「お嬢ちゃん」
ザーラはさらに問う。
「あたしは昔から引きが強いからね。たぶん当たりだとは思うんだけど、あんたの名前を聞かせてもらえないかい?」
「…………」
リーゼは沈黙した。
情報を開示すべきかどうか、迷ったのだ。
コウタと視線が重なる。それだけで意志の疎通をし、リーゼはこくんと頷いた。
そして、
「リーゼ=レイハートですわ」
そう名乗る。
途端、山賊たちが一斉にざわついた。
「マ、マジか!」「おいおい」「……ヤべえんじゃねえの?」
次々と困惑した声が上がる。
「……うそ。まさかレイハート公爵家? レイハート将軍の……?」
エリスもまた愕然とした表情でリーゼを凝視していた。
「……マジかあ」
そんな中で、ザーラだけは片手を腰に、額を手で覆って呻いていた。
「そりゃあ、あたしは引きがいいけど、これって流石にどうよ? まあ、これも当たりなんだけどさ、いきなり公爵家ってないだろ。フェイと一度相談すべきか……」
と、ぶつぶつと呟いている。
だが、それも数秒ほどだけだった。
「いや。効果も目の当たりにしたんだ。これも後で調整できる範囲か」
そう言って、片手を上げた。
それを切っ掛けにざわめきが収まり、山賊たちが一歩前に出た。
――シャラン、と。
エリスも腰の短剣を抜剣した。
そして、
「さあて。坊やとお嬢ちゃん」
獰猛な笑みと共に、ザーラはこう告げた。
「大人しく捕まってくれねえかい? 今なら死ぬような目に遭わなくてすむからさ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます