第425話 輝く者、蠢く者➂
同時刻。
アルフレッド=ハウルは、森の中を進んでいた。
一人だけではない。
彼の右手は、幼馴染の手を掴んでいた。
アンジェリカ=コースウッドの手である。
「アルく……アルフレッド」
アンジェリカが不満そうに尋ねる。
「どこに向かっているの?」
「とりあえず開けた場所だよ」
アルフレッドは、振り返らずにそう答えた。
「いざとなれば鎧機兵が使える場所。そこで零号たちを待とうと思う」
「私たちから探さないの?」
アンジェリカは言う。
「心配だわ。リーゼとリノが逃げ切ったのは見たけど、フランは……それに、
「いや大丈夫。きっとみんな無事だよ」
それに対し、アルフレッドはアンジェリカに顔を向けた。
周囲を警戒してから足も止めた。手だけは握りしめたままだったが。
「ソルバさんは咄嗟にジェイクが庇うのを確認したよ。高台から跳び下りたことは気になるけど、ジェイクの実力は皇国の上級騎士にも劣らないから、きっとソルバさんを守ってくれる。メルティアさまは……」
少し困惑した表情を見せる。
「零号が守ったのを見たよ。恒力の壁? そんな感じのモノを造ったみたいだ」
「……あれって、そんなことまで出来るの?」
アンジェリカは、引きつった顔をする。
「あはは」
アルフレッドも苦笑をした。
「本当に多機能だよ。けど、おかげで助かっている」
アルフレッドは、強くアンジェリカの手を握り直した。
彼女はドキッとする。
「ここは迷いの森だ。僕たちの方から探しても合流は難しい。けど、零号なら見つけてくれるはずだ」
「……ええ。そうね」
アンジェリカは息を吐き出した。
「ここは彼に期待しましょう。けど、アルフレッド」
アンジェリカは、半眼で幼馴染を睨み据えた。
「いつまで私の手を握っているつもり? いい加減離しなさい。不敬よ」
いつもの悪癖でそう告げた。
本当は、このままずっと握りしめて欲しい。
心の中ではそう思っているのに、いつものごとく態度は真逆だった。
アルフレッドを見る半眼も、ジト目のような可愛らしいモノではない。
冷たささえも感じるモノである。
まさしく、拗らせが末期になっているアンジェリカだった。
普段のアルフレッドならば、間違いなく胃をやられるだろう。
しかし、今の彼は違っていた。
「ダメだ」
はっきりとそう返した。
アンジェリカは「え?」と目を軽く見開いた。
「ここは危険なんだ」
アルフレッドは言う。
「いつ敵が襲って来ても不思議じゃない」
そこで小さく息を吐く。
「さっきは運が良かった。咄嗟に君を守れる位置にいたから」
「え? え?」
アンジェリカは、アルフレッドの顔と、握られた自分の手を交互に見て動揺した。
「君がただ守られるような女の子じゃないことは知っている」
それはもう胃が痛くなるほどに。
心の中でそう付け足しつつ、アルフレッドは語る。
「君は決して弱くない。上級騎士相手でも遜色ないよ。これはアンジュの騎士としての誇りを傷つける行為だと思う。けど」
彼女の瞳を見つめて、アルフレッドは告げた。
「こないだの模擬戦の時のようなことはもう御免なんだ」
かつてコウタたちと行った模擬戦。
そこで、アンジェリカは暴漢に襲われた。
アルフレッドが、ギリギリ駆け付けれたことで事なきを得たが、その時の激しい怒りと記憶は、今も鮮明に憶えている。
「だから、僕は君の手を離すつもりはない。君が拒絶してもだ」
そう宣言する幼馴染に、アンジェリカは唖然としていた。
ここまで強気になるアルフレッドは初めて見た。
だが、きっと自分は反射的にこう答えるに違いない。
『ふざけないでよ』
そうして彼の手を振り払うのだ。
『アルフレッドごときに、この私が守れるとでも思っているの』
そんな台詞も吐くかもしれない。
自分のこれまでの態度から想像して、アンジェリカは内心で泣きそうになった。
また彼を傷つける。
心が強く痛み、無駄だと知りつつも必死に悪癖を抑えようとする。
結果、
「……はい」
アンジェリカは、もう片方の手も重ねて頷いていた。
この柔らかな返答に、アルフレッドは少し驚いていたが、それ以上に、アンジェリカの方が驚いていた。
(――ええッ!?)
内心では愕然とした表情も見せている。
恐らく生まれて初めてのことだ。
初めて、アルフレッド相手に素直な気持ちを吐露できた。
(ど、どうして?)
彼を傷つけたくないという想い。
当然ながら、それは強い因子となっていた。
だが、今回はそれに加えて。
(……ああ。そっか)
アルフレッドが明確な意思を見せているからだ。
アンジェリカを守りたい。
その強い想いを隠さずに伝えてくれたからだ。
これを拒絶することなど出来るはずもない。
「ありがとう。アンジュ」
アルフレッドは微笑んだ。
それは、久しぶりに見る本当に嬉しそうな笑顔だった。
その笑顔を見た時、
「……うあぁ、ふぐうゥ……」
アンジェリカは、ボロボロと涙を零した。
自分の過去の言動に、一気に圧し潰されそうになる。
「アンジュ!?」
が、それに動揺したのはアルフレッドだった。
掴んだ彼女の手と、泣きじゃくるアンジェリカの顔を何度も見て。
「……アンジュ。泣かないで」
彼女の手を離した。
アンジェリカが「あ」と呟くと、彼は代わりに彼女を強く抱きしめた。
アンジェリカは目を瞬かせた。
「やっぱり怖かったの? ごめん。君はまだ実戦経験は少ないのに」
アルフレッドは、優しい声でそう囁いた。
「……ふぐっ、ふええェ……」
アンジェリカの涙は止まらない。
「ごめん」
アルフレッドはより強くアンジェリカを抱きしめた。
「こんなにも不安にさせるなんて、僕は騎士失格だ」
「……違うのォ」
アンジェリカは、彼の腕の中で告げた。
「全部、全部、私が悪いのォ。ごめんなさい。ごめんなさぁい……」
「……アンジュ?」
アルフレッドは疑問に思ったが、今は泣きじゃくる幼馴染の方が大切だった。
「……アンジュが何に悲しんでいるのかは分からない。けど大丈夫」
彼はどこまでも優しく告げる。
「僕は何があってもアンジュを守る。アンジュの味方だから」
「……ふえええェ……」
彼女はさらに涙を流しながら、アルフレッドに強くしがみついた。
アルフレッドは、そんな彼女の髪を優しく撫で続けた。
そうして十分後。
アンジェリカは目を赤くしつつも、ようやく泣き止んだ。
「……ごめんなさい。突然泣いたりして」
「構わないよ。アンジュが落ちついたのなら」
幼馴染たちは対面した。
アンジェリカは、自分の右手をおずおずと差し出した。
そして、
「……あのね。昔みたいにアル君って呼んでもいい?」
そう願う彼女に、アルフレッドは少し驚いた顔をした。
が、すぐに微笑んで。
「うん。いいよ」
と、返した。
そして彼女の手を取る。
こうして。
「行こう。アンジュ」
「うん。アル君」
少しだけ前へと進む。
いや、元へと戻っていく二人だった。
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