第424話 輝く者、蠢く者②

 時刻は少し遡る。

 野戦病院のような広場で。

 ガンダルフ司教は、茫然と立ち尽くしていた。

 だが、それも仕方がないことだ。


 ――神敵との初戦。

 それは、まさに惨敗だった。

 荒れ果てた広場。そこには茫然とする親衛隊の騎士たちと、対照的に騒然とするベテランの騎士たちの姿があった。


「今すぐ姫さまを追うべきだ!」


「隊列は壊滅状態だ! ロクに動けんぞ!」


「部隊を分けよう! 動ける者で先行するのだ!」


 そんな騎士たちの声が届く。


(……無様な)


 ガンダルフは歯を軋ませた。

 この怒りは、敗北した騎士たちに対するモノではない。

 第三王女を巧く利用するなどと言っておきながら、いざとなれば、知恵すら出せない自身の不甲斐なさに対するモノだった。

 それに比べて、ミュリエル殿下はどうだ。

 確かに初撃では不覚を取った。そのために戦況も大きく崩れた。

 だが、その後の活躍は、まさしく勇者そのものだった。


(私などとは、器が違う)


 素直にそう感じた。

 そして、あのお方は、今も敵を追っておられる。


「…………」


 無言のまま、ガンダルフは静かに拳を固めた。


(すべてを話そう)


 彼は覚悟を決めた。

 ミュリエル殿下が戻られたら、すべてを語ろう。

 使徒さまのことも。

 神敵についてもだ。

 そうして、あのお方と共に戦おう。

 所詮、自分は脇役だ。

 せめて勇者を支えることに徹しよう。

 そう心に決めた。


(そうだ。ミュリエル殿下にすべてをお伝えして――)


 ガンダルフが、前を向いたその時だった。


【ごめん。それは叶わないよ。ガンダルフ】


(――ッ!)


 不意に響いた声に、ガンダルフは目を剥いた。

 耳を通した声ではない。脳に直接語り掛けてくるような声だ。


(おお! 使徒さま!)


 思わず膝をつきかけるのを堪えて、ガンダルフは声に応じる。


(申し訳ありません。あまりにも無様な失態を)


【いや。気にしないで】


 声は優しく告げた。


【初戦だ。ましてや《煉獄》の術まで使われたんじゃあ仕方がないよ。それよりもガンダルフ。君に伝えないといけないことがあるんだ】


 声は残念そうに声量を落とした。


【勇者を見い出す。それはまさしく司教の神髄であるとは思うよ。けど、残念ながらもう彼女は戻ってこない】


(なん、ですと?)


 ガンダルフは目を剥いた。


【あの後、彼女は神敵の……それも恐らくは敵の首魁と対峙したんだ。凄まじい戦闘の末に彼女は敵の首魁と相打ちになった】


「―――ッ!」


 言葉もないガンダルフ。

 声はさらに続ける。


【まさに力と力の激突だった。すべてを呑み込むような壮絶な最期だったよ。彼女の遺体はもうこの世界には欠片さえも残っていない】


(……殿下が……)


 ガンダルフは悔やんだ。

 いかに勇者の素養を持とうとも、まだ十七の少女である。

 そんな彼女が死んだ。

 もっと早く、すべてを伝えるべきだった。

 神敵の恐ろしさを伝え、積極的に協力できていれば……。


【そればかりは悔やんでも仕方がないよ】


 声は言う。


【いずれにせよ、彼女のおかげで敵の首魁は討てた。だが、まだ残党はいるんだ】


(……あの邪悪なる蛇の使い手でありますか)


【うん。そうだよ】


 ガンダルフは、声の主が頷くのを感じた。


【残党といっても首魁がいないだけ。その力は未だ強大だ】


 そこでだ、と続ける。


【君にあるモノを託そう】


(あるモノですと)


 眉をひそめるガンダルフ。

 すると、

 ――ズグン、と。

 いきなり胸を奥が強く疼いた。

 強い痛みだ。思わずガンダルフはその場で崩れ落ちそうになった。


「ッ! 司教殿!」


 騎士の一人がガンダルフの異変に気付いて駆け寄るが、


「だ、大丈夫です」


 ガンダルフは片手を向けて騎士を制した。


「少々疲れただけです」


 そう言って、笑みを見せる。

 騎士は少し心配そうな顔をしていたが、「分かりました。あまりご無理はせずに」と言って離れていった。

 ガンダルフは大きく息を吐いた。

 もう痛みは消えている。


(……これは一体?)


【それは種だよ】


 声が告げる。


【本来ならば、人の身には過ぎた種だ。けれど、誰よりも純粋な願いを持つ君ならば発芽する可能性がある】


 そして神々しき威容を纏って声は宣告する。


【君ならば必ずや至れるはずだ。ガンダルフ=バース】


(……使徒さま。ありがたき幸せでございます)


 今度こそ、ガンダルフは膝をついた。

 両手を重ねて大いなる存在に祈りを捧げる。

 騎士たちも、その真摯な祈りの姿に目をやるが、大蛇に呑まれた戦死者のために祈ってくれているのだと解釈していた。

 祈りは数分に渡って続いた。

 そして、


(……殿下)


 瞳を開き、ガンダルフは誓う。


(御身の勇気に応えるため。必ずや神敵を殲滅してみせましょうぞ)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る