第406話 近づく者たち③
アルフレッドたちが戻ってきたのは五分後だった。
「かなり複雑そうな森だったよ」
折り畳み式の椅子に腰を降ろして、黒い騎士服を着た赤い髪の少年が言う。
彼こそが、グレイシア皇国が誇る最強騎士の一角。
《七星》が第七座。アルフレッド=ハウルである。
「ああ。ただの森じゃねえな」
と、告げるのも少年だった。
短く刈った濃い緑色の髪が特徴的な巨漢の人物。
彼はリーゼ同様にエリーズ国の騎士候補生の制服と着ている。
現在行方不明中のコウタの親友でもあるジェイク=オルバンである。
彼らは今、メルティアたちと一緒に鍋を中心に座っていた。
「どこが『ただの』じゃなかったのですの?」
と、ジェイクの丁度向かい側に座るリーゼが尋ねる。
ジェイクは「ああ」と頷いた。
「木に印をつけて歩いてみたんだが、真っ直ぐ進んでいたはずなのに気付いたら元の場所に戻ってたんだ」
「まるで迷路よ」
と、ジェイクの言葉に続くのは赤い髪の少女だった。
アルフレッドの隣に座る少女。彼にも劣らない見事な赤髪だ。
それもそのはず。彼女はアルフレッドの縁戚に当たる人物なのだから。
――アンジェリカ=コースウッド。
見事なスタイルの上にアノースログ学園の制服を纏っている彼女は、名門で知られる学園の生徒会長も務める才女でもあった。
「視界が悪い訳じゃないのに同じような風景が重なっていて、自分が進んでいるのかよく分からなくなるような感覚だったわ」
斥候には、人間ではアルフレッドとジェイク、アンジェリカが出向いていた。
それに加えてもう一機。ずんぐりむっくりした小さな
紫に輝く装甲、黄金の小さな冠をヘルムに乗せた零号である。
零号は、御者と共に馬たちの手入れをしていた。腕をワイヤーで伸ばしてブラッシングをするので、御者が引きつった顔をしているのが印象的だ。
「零号」
スープを手に、メルティアが零号たちに尋ねる。
「あなたも迷ったのですか?」
「……ム?」
零号が手を止めて振り向いた。
「……ウム。焔魔ノ陣ハ、アイカワラズ、見事ダッタガ……」
一拍おいて言う。
「……ワレニハ、通ジヌ。ソレニ、コウタノ匂イハ、掴ンデイル」
「いや。それなら少しは案内してくれよ」
ジェイクが苦笑を浮かべた。
すると、零号がメルティアたちの方へと近づいてきた。
「……陣ヲ、アエテ体感シテモラッタ。ソレニ、気ニナル、コトガアッタ」
「……気になることじゃと?」
リノが眉根を寄せる。
「……ウム」
零号が視線をリノに向けた。
「……大勢ノ人間ノ、匂イガ、シタ」
「それは、ここがアヤメの故郷だからじゃないの?」
と、質問したのは、アンジェリカの隣に座るフランだ。
「故郷だったら、人が多いのも当然だろうし」
「……イヤ。違ウ」
零号は、かぶりを振った。
「……確カニ、ソコモ、人間ガ多イ。スゴク多イ。ダガ、匂イヲ、カンジタノハ、モットチカクデダ。モット、数ガ、少ナカッタ」
「……? どういう意味ですか?」
メルティアが小首を傾げた。
それと対照的に、リノが面持ちを鋭くした。
「……それは」
アルフレッドも少し警戒の様子を見せる。
「この近くに何かしらの集団がいるってことかい? この迷いの森で」
アルフレッドのその呟きに、リノ以外の人間の表情も変わった。
メルティアだけは未だキョトンとしていたが。
「あの犀娘の手の者かの?」
「……ソレモ、違ウ」
再び、かぶりを振る零号。
「……匂イハ、焔魔デハナイ。普通ノ人間ダ。ダガ……」
沈黙する。
「……零号?」
唐突な静寂にメルティアが小首を傾げる。と、
「……一瞬ダケダガ、嫌ナ匂イガシタ」
零号はそう呟き、彼にしては非常に珍しい苛立ちを見せた。
「……トテモ、トテモ嫌ナ匂イダッタ」
「……危険な連中なのか?」
アルフレッドが眉をひそめる。
と、その時。
「アルフレッドさま」
御者が声を掛けてきた。
「それでは、私はそろそろ……」
「あ、うん」
アルフレッドは立ち上がり頷いた。
「ここから先は、馬車は使えそうにないからね。最寄りの街で一旦待機していてくれ。その前にここの片付けも頼めるかな?」
「はい。承知いたしました」
ハウル家の執事でもある御者は恭しく一礼をした。
「さて」
アルフレッドは立ったまま、メルティアたちに目をやった。
「こんな森に詳細不明の集団がいるのはかなり気になる。せめてその正体だけでも先に把握しておきたいんだけど……」
「同感だな」
ジェイクも立ち上がって、腰を払いながら言う。
「普通に迷い込んだだけの商隊かも知れねえけど、零号が『嫌』だって判断したのが気になる。コウタのことも気がかりだが、危険があんなら先に確認しとくべきだな」
その台詞を切っ掛けに、次々と他のメンバーも立ち上がった。
「また斥候するの?」
アンジェリカがアルフレッドに尋ねると、彼はかぶりを振った。
「いや。道案内を出来るのは零号だけだし、その集団と何かトラブルになって互いに連絡できなくなるも危険だよ。ここは全員で動こう」
と、真っ当な判断を告げるだが、言葉の最後の方ではかなり自信なさげだった。
幼少時からのトラウマで、アンジェリカに対してはデフォルトで腰を引けているアルフレッドだった。
(ごめェん、アル君、ごめェん……)
そんな彼に内心で謝りつつ、
「まあ、アルフレッドにしてはまともな案ね。アルフレッドにしてはだけど」
と、腰に片手を当てて、辛辣な言葉を吐くアンジェリカ。
――本当は大好きなのに。
もはや、ツンを拗らせすぎて反射的に口撃するアンジェリカだった。
アンジェリカの心情を知るメルティア、リーゼ、フランの三人は、そんな彼女を遠い目で見つめていた。ジェイクは「やっぱキッツイ子だなあ」と内心で慄き、リノは「そういうプレイかの?」と思っていた。
ともあれ、アルフレッドは案の定、胃を軽く押さえながら、
「あ、ありがとう。アンジュ」
と、礼を言ってから、
「……うん。じゃあ……」
表情を無理やり引き締めて告げる。
「まずは、その連中の正体を見極めに行こうか」
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