第405話 近づく者たち②
朝は誰にでも訪れる。
それは、惰眠を貪る彼女にとってもだ。
広い馬車内に置かれた寝袋の一つ。
そこから飛び出して、ネコのように丸くなって眠る少女。
年の頃は十六歳。紫銀色の髪に、愛らしいネコミミ。白いブラウスに覆われた豊かな胸は寝息で上下している。
――メルティア=アシュレイ。
エリーズ国の四大公爵家。アシュレイ家のご令嬢。
言わずと知れた、コウタの溺愛するお姫さまである。
朝の弱い彼女は、未だ熟睡していた。
「…………」
それを見降ろす少女がいた。
年の頃はメルティアと同じほど。
美麗な顔立ちに、緩やかに波打つ長い菫色の髪。その上には、メルティアとよく似たネコ耳がある。ただ、こちらは癖毛であるが。首には蒼いチョーカー。小柄ながらも抜群なスタイルの上には少し大きめのワンピース型の蒼いドレスを纏っている。
――リノ=エヴァンシード。
彼女もある意味、コウタのお姫さまだった。
「…………」
お姫さまが、お姫さまを見下ろしている。
そして、
「いい加減、起きんか!」
しゃがんでメルティアの頬を引っ張った。
惰眠を貪るギンネコ娘に、本当は腹でも蹴っ飛ばしてやろうかと思ったが、この娘を傷つけると間違いなくコウタに叱られ、下手をすれば嫌われてしまう。
だから、これでも優しく起こしてやったのだ。
「……ふえ?」
すると、メルティアはうっすらと目を開けた。
頭を少し起こし、金色の眼差しでリノを見つめる。と、
「……? ごはんですか?」
「目覚めて最初に出てくる台詞がそれなのかの……」
腰に手を当て、リノは嘆息した。
「コウタは、どれだけお主を甘やかしておるのじゃ」
「コウタ?」
メルティアは未だ寝ぼけ眼だったが、
「コウタ! コウタはどこですか!」
流石に行方不明中の幼馴染の名前を聞いて一気に覚醒した。
上半身を起こして座り、キョロキョロと忙しく周囲に目をやるが、残念ながらどこにもコウタの姿はない。
この馬車内にいるのは、自分と、目の前で立つニセネコ女だけだった。
メルティアは、リノにジト目を向けた。
「寝起きにあなたの顔とは最悪です」
「それはお互い様じゃ」
リノもジト目を返した。
「起こしてやっただけでもありがたいと思え」
パカン、とメルティアの頭を叩く。
普段なら「コウタぁ、コウタぁ」と泣きつくところだが、ここに彼はいないため、メルティアは「ムム」とリノを睨みつけるだけだった。
「やれやれじゃな」
リノは両手を腰に当てて嘆息した。
そして用件を告げる。
「ともあれ、お主の待望の食事が出来ておるぞ。さっさと外に出るぞ」
メルティアたち一行は現在、焔魔堂の森の入り口付近にいた。
少し広い場所にまで馬車で進み、そこで野営を行ったのだ。
夜にこれ以上進むのは危険だと判断した結果だった。
アルフレッドやジェイクは広場にテントを張り、メルティアたち女性陣は、馬車内で休息をとることにした。
そうして大きな騒動もなく朝を迎えたのである。
「あ。目が覚めたようですね。メルティア」
リノと共に馬車から降りて来たメルティアに、そう声を掛ける者がいた。
歳の頃は二人と同じ。
先端がカールした蜂蜜色の長い髪を、頭頂部にて紅いリボンで結んだ少女。
美貌においてはメルティアやリノにも劣らない。ただ、エリーズ国の騎士学校の制服を纏うその肢体は、胸部においてのみ二人よりかなり控えめだった。
――リーゼ=レイハート。
エリーズ国の四大公爵家。レイハート家のご令嬢。
才色兼備で知られる少女である。
今も彼女はその才を発揮し、シチューを用意しているところだった。
「おはようございます。リーゼ」
メルティアが挨拶をする。
それから、周囲を見渡した。
そこには焚火を使って鍋をかき混ぜるリーゼと、もう一人の女性の姿があった。
人数分の食器を用意する女性だ。
アノースログ学園の制服を纏う彼女もまたメルティアと同年代なのだが、女性としては高身長であり、温和な表情と大人びたスタイルもあって少し年上に見える。大腿部辺りまで伸ばした水色のとても長い髪が印象的な少女だ。
彼女もメルティアの姿に気付き、
「おはようございます。メルティアさん」
と、微笑んできた。本当に優しそうな女性だ。
どうせならニセネコ女などでなく、彼女に起こして欲しかった思う。
「……おはようございます。フラン」
と、新しい友人でもあるフラン=ソルバに挨拶するメルティア。
他にも目をやると馬たちに餌をやる御者の男性――ハウル家の従者――の姿があったが、それ以外に人物の姿は見当たらない。
「オルバンさんや、アンジュたちはどうしました?」
他の同行者のことを尋ねる。と、
「オルバンやアルフレッドさまたちは、森の状況を確認しに行かれましたわ」
「……森ですか」
メルティアは広場の奥。鬱蒼とした森に目をやった。
「まあ、偵察という奴じゃな」
と、リノが言う。
「そろそろ戻ってくる頃のはずじゃ」
「……そうですか」
メルティアは目を細めた。
(あの奥に……)
そして、グッと手を強く握る。
(コウタがいるのですね)
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