第一章 戦士の国の姫君

第401話 戦士の国の姫君①

 ――聖アルシエド王国。

 それは、北方大陸オズニアにある新興の国だった。

 その歴史は百三十年ほど。

 グレイシア皇国やエリーズ国などに比べればまだまだ若い国である。


 初代国王――建国者は、とある傭兵団の団長だった。

 その妃は亡国の姫君だ。

 依頼で出会った姫君と恋に落ち、かつての家臣に命を狙われる彼女を守るために、傭兵団の仲間と共に建国したのが始まりだと伝わっている。

 従って、聖アルシエド王国は、強力な騎士団を擁する武力国家だった。


 最初は傭兵団だけだったが、王妃のかつての騎士や王の傭兵仲間、友人であった豪商なども集まり、国力はみるみる拡大していった。

 国名に『聖』が付くのは王妃の祖国から取ったことと、元々オズニア大陸が他の大陸よりも《夜の女神》信仰が浸透しているためだった。

 特に、職業的に死が身近である騎士や傭兵団の信仰はとても強いので、傭兵団が母体となる王国が信心深くなるのも必然とも言えた。現在の聖アルシエド王国の王都には、国民が日に一度は参拝する大聖堂があるほどである。


 強き信仰と、卓越した武力。

 それこそが、聖アルシエド王国の特色であった。


 そんな北の王国にて。

 ミュリエル=アラシエド第三王女は、美しき武姫として名を知られていた。



 ――カンッ!

 軽快な音が響く。

 同時に長い髪が大きく揺れた。

 王宮の一角。大庭園で彼女たちは木剣を打ち合っていた。


 ――カンッ、カンッ!

 続けて、木剣が交差する音が響く。

 打ち合う二人は、共に年若い乙女だった。


 一人は十四歳の少女。

 腰まで伸ばした髪は桜色ピンクゴールド。瞳も同色だ。

 褐色の肌を持つ、凛々しい顔つきの少女である。

 同世代の少年よりも高身長で、それに比例するかのように双丘が大きい。

 白い騎士服を纏っているのだが、基本的に騎士服とは男性用のため、かえってスタイルが際立ってくる。木剣を振るうたびにぶるんっと揺れる胸には、同性である相手の騎士も内心で「十四で凄いなあ」と苦笑いを浮かべていた。


 ――そう。少女の相手は騎士だった。

 そして彼女もまたまだ少女と呼ばれる年齢だった。

 年の頃は、桜色の髪の少女より二つ上。十六になる。

 肩まであるウェーブのかかった茶色い髪が印象的な少女。

 聖アラシエド王国の騎士団の中でも、最年少の騎士である。

 実力主義の騎士団だが、十六歳で入団を果たしたのは、過去においても彼女だけだ。

 それだけ彼女の実力と才能は、群を抜いているということであった。


 ――カンッ!

 木剣を払う。

 桜色の髪の少女が大きく仰け反った。


「ここまでにしよっか。ミュリエル」


「……はァ、はア」


 呼吸を整えながら、ミュリエルと呼ばれた少女は「うん」と頷いた。


「相変わらず強い。ベルニカ姉さまは」


「まあ、これでも正騎士だしね」


 茶色い髪の少女――ベルニカ=アーニャが肩を竦めて笑った。

 ミュリエルは顔を上げた。

 ベルニカは、彼女の姉ではない。

 しかし、幼少時から付き合いのベルニカを、ミュリエルは姉のように慕っていた。


「けど、やっぱりあなたは凄いわ」


 木剣を肩に担いで、ベルニカは言う。


「あと一年もすれば私も勝つのが難しくなるでしょうね。流石は陛下のご息女。武王の才は確かにあなたに受け継がれたわ」


 祖が傭兵団だけあって、聖アルシエド王国の歴代の国王は武に重きを置いていた。

 現国王であるミュリエルの父も例外ではない。

 それどころか、建国から三代の中では最も武に偏重しているとも言える。

 ミュリエルは大きな胸を揺らして嘆息した。


「うん。私はそのために産まれたようなものだから」


 現国王には六人の子がいる。

 王子、王女ともに三人ずつだ。

 そんな中、ミュリエルだけが母が違った。


 王には二人の妃がいた。

 病で他界した前妃は隣国の貴族の娘だった。政略結婚である。

 対し、ミュリエルの母は後妃だった。

 異母兄や異母姉は、深層の令嬢であった前妃の血の方が濃いようで、あまり武才に恵まれなかった。父は我が子たちを愛していたが、そのことだけは不満だったのだ。

 すでに正統な世継ぎがおり、なおかつ五十代であった父。しかし、父は自分の武才を受け継ぐ子が欲しいと常々考えるようになっていた。

 そこで父が見初めたのが、当時、騎士であった母だった。褐色の美姫とまで謳われる美貌と、騎士団最強の実力者で知られていた母に、夜伽を命じたのである。


 当時二十代半ばだった母は、流石に面食らったそうだが、


『私は一度も敗北を知りませぬ。もし陛下が私に敗北をお教え下さるのならば、我が剣のみならず我が身も陛下に捧げましょう』


 そう返したそうだ。

 まさかその後、本当に決闘に至るなど思いもせずに。

 結果的に言えば、父は母に勝った。

 国を上げて開かれた決闘の場にて、母を手に入れたのだ。

 最強の騎士が、王に屈したのである。

 まさしく武王が未だ健在であることを知らしめる逸話であった。

 その後、母は退団し、後妃にまでなったという訳だ。

 ただ、


「……その話のくだりって完全に蛮族よね」


 武勇伝のように語られるこの逸話には、やはり反感もある。

 自分の生まれる前の時代の話とはいえ、ベルニカは嘆息した。


「……そうなのか?」


 ミュリエルは小首を傾げた。


「私は蛮族を知らないから分からない」


 ベルニカは苦笑を浮かべる。


「まあ、私も蛮族を見た訳じゃないけどね。ただ、夫婦の馴れ初めは人それぞれとは思うけど、もし私がその立場だったら絶対に拒絶してるでしょうね」


 言って、木剣を横に振るう。


「……私なら」


 グッと柄を強く握った。


「約束だろうが誓いだろうが、一度負けたぐらいで認めたりしないわ。何度でも立ち上がる。もし負けるたびにエッチなことをするとか言われたら嫌だけど、まあ、それでも勝つまで何度でも挑むわ」


「……それは姉さまらしい」


 ミュリエルは微笑んだ。

 母以来の女傑と呼ばれるベルニカらしい台詞だ。

 どんな状況であっても、明るさと強さを失わない。

 ベルニカには、そう思わせる雰囲気があった。


「けど、ミュリエルとしてはどうなの?」


 再び肩に木剣を担いで、ベルニカが問う。


「もし、あなたが王妃さまのような状況になったらどうするの?」


「……私が?」


 ミュリエルは目を瞬かせた。

 そして、


「それは決まっている」


 うん、と大きな胸をポヨンと叩いて頷く。


「私を圧倒できる人ならば、むしろ望むところだ」


「うわあ……」


 ベルニカは頬を引きつらせた。


「受け継がれた脳筋の血……」


「うん?」


 ミュリエルは眉根を寄せた。


「今、何気に酷い評価をしなかったか?」


「あはは」


 ベルニカは渇いた笑いを見せる。


「まあ、いいわ。それよりもう一試合ぐらいしとく」


「うん。やる」


 コクコクと頷くミュリエル。

 そうして、その日も大庭園に木剣の音が響いた。

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