第六章 吠える猫

第385話 吠える猫①

 一方、その頃。

 ハウル邸の客室にて。

 メルティア=アシュレイは荒ぶっていた。


「みゃあああああああ――ッッ!」


 金色の瞳を爛々と輝かせて、半ばネコ化していた。

 ベッドの上で、両手で掴んだ枕を、バンバンと叩きつけている。


「……落ち着いてくださいまし。メルティア」


 一方、椅子に座ってそう告げるのは、リーゼ=レイハートだった。

 彼女も、内心ではとても穏やかとはいえないのだが、メルティアの荒ぶるさまを見ていたせいか、まだ冷静でいた。

 そしてもう一人。


「…………」


 リーゼ同様に、椅子に座り、足を組むリノ=エヴァンシードは無言だった。

 この客室には今、メルティアたち三人と、腕を組んで壁際に立つジェイクと、同じ格好で並ぶ零号がいた。

 アルフレッド、アンジェリカ、フランの三人はいない。

 彼らは今、周辺の確認に向かっていた。

 そして、

 コンコン、と。

 ドアがノックされた。

 全員がそちらに視線を向ける。と、


「アルフレッドだけど、入ってもいいかな?」


 ドア越しに、そう声を掛けられる。

 リーゼが「どうぞ」と答えた。ドアが開けられる。

 まず入って来たのはアルフレッドだ。

 その後に、アンジェリカ、フランが続く。


「――みゃあッ!」


 入るなり、ネコ語でメルティアが叫ぶが、それを解読できるのはコウタだけだ。

 アルフレッドは「え?」と、目を瞬かせた。


「アルフレッドさま」


 メルティアの代わりに、リーゼが立ち上がって尋ねる。


「どうでしたか? コウタさまの行方は?」


 それに対し、アルフレッドは眉をしかめてかぶりを振った。


「ダメだった。少なくともこの周辺にコウタはいないよ」


「まったく痕跡もねえのか?」


 ジェイクがそう尋ねると、アルフレッドは首肯した。


「まったくないよ。同じ時間に怪しい影もなかったそうだ」


 アルフレッドがそう告げると、


「……ごめんなさい」


 その時、アンジェリカが頭を下げた。


「まさか、アヤメがあんなことをするなんて……」


 そう告げる。フランも困惑した顔をしていた。

 正確に言えば、あんなことが出来るとは思ってもいなかったのだ。

 アンジェリカにしろ、フランにしろ、額の二本の角も含めて、今日は初めて知ることばかりだった。


「――みゃああッ!」


 すると、メルティアが怒りだした。

 一足でベッドから跳ね跳んで床に着地。

 アンジェリカの方へと跳びかかろうとするが、


「いい加減、正気に返らんか」


「みゃッ!?」


 リノが絶妙なタイミングで、メルティアの頭を叩いた。

 メルティアは頭を押さえて、キッ、とリノを睨みつけた。


「何をするのですか! ニセネコ女!」


「ようやく人語を喋りおったか。ギンネコ娘」


 嘆息するリノ。メルティアは「むむ」と唸った。


「仮にもわらわと並ぶ女が、いつまでも不貞腐れているでない」


 と、告げてから、


「……ふと思い出した。あの術には見覚えがある」


「「「え?」」」


 全員が、リノに注目した。


「《九妖星》が一角。《冥妖星》オルドスが似たような術を使っておったわ」


「……《九妖星》?」


 皇国の騎士であり、《七星》の一人でもあるアルフレッドが、その名に眉をひそめた。


「しかも《冥妖星》だって? 初めて聞くよ。そんな名前……」


 と、警戒するアルフレッドに、


「リノ嬢ちゃんは、あの組織について、ちょいと詳しいんだよ」


 ジェイクがフォローする。アンジェリカとフランは困惑した顔を見せていたが、その他のメンバーは、緊張した面持ちをリノに向けていた。


「《冥妖星》オルドスは、《九妖星》の中でも《土妖星》に並ぶ特殊な存在じゃ」


 そう前置きして、リノは語る。


「まずその容姿からして、人から大きくかけ離れておる。本人曰く、かつて異界において神を名乗っておったらしい」


「……はあ?」


 アンジェリカが胡散臭そうに眉をしかめた。


「え? 何それ? 冗談を言っているの?」


 そう呟くが、困惑するフランを除いて、全員が緊張した面持ちのままだ。

 胡散臭い話ではあるが、嘘ではない。

 そう感じていた。


「確かに胡散臭い。オルドスと面識がなければ信じられぬのも無理はない。しかし、ここで問題なのは、オルドスの奴は、不可解な術も使えたことじゃ」


 リノは、指先をピンと立てた。


「その一つが、空間転移じゃった」


「……転移陣ですの?」


 リーゼが尋ねる。リノはかぶりを振った。


「あれは生物までは転移できぬ。しかし、オルドスの空間転移は生物も可能じゃった。その際に展開されたのが、先程の闇に似た空間じゃった」


「……仮に」


 メルティアが口を開く。


「あの角娘が同じ術を使っていたとしたら、コウタとアイリは……」


「恐らく、別の場所へと転移させられたのじゃろうな」


 腕を組んで、リノが答える。


「その転移範囲はどこまでなんだ?」


 ジェイクが尋ねた。


「そうじゃのう……」


 リノはジェイクを見やり、答える。


「恐らくは転移陣並みじゃ。少なくとも、オルドスの術はそうじゃった。セラ大陸の端から別の大陸の端までは可能じゃろうな」


「……範囲が広すぎるだろ」


 思わず、ジェイクは渋面を浮かべた。


「要するに、コウタとアイリ嬢ちゃんは、下手すりゃあ、別の大陸のどこかに連れ去られた可能性もあるってことか?」


「……そうなるのう」


 リノもまた渋面を浮かべて答えた。

 全員が沈黙する。

 重苦しい空気が部屋に満ちる。と、


「……関係ありません」


 おもむろに、メルティアが唇を動かした。


「捜索範囲がどれほど広かろうと、関係ありません」


 顔を上げて、メルティアが言う。


「このステラクラウンのどこかに、コウタとアイリは必ずいます。なら、必ず見つけ出せるはずです」


 グッと拳を固める。

 むしろ、別の世界に行ったとかでない分、まだましだ。

 絶望する理由にはならない。


「そうですわ」「ふむ。当然じゃな」


 と、リーゼとリノも頷く。

 ジェイクは、苦笑を浮かべていた。

 アルフレッド、アンジェリカ、フランの三人は目を瞬かせている。


「ともあれです!」


 メルティアは、フーッと息を吐いた。


「コウタとアイリは取り戻します! 絶対にです! それから、あの女も必ず見つけ出します! そして!」


 コウタの幼馴染である荒ぶる猫は叫んだ。


「思いっきり、引っ掻いてやるのです!」

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