第四章 招待……?

第378話 招待……?①

 応接室は、シンとしていた。

 それも仕方がない。

 なにせ、コウタがあんな行動をとってしまったのだから。


「「「………」」」


 全員が言葉を発さない。

 アルフレッドと、アンジェリカは困った顔で並んでソファに座り。

 ジェイクと、フランも同じような顔で座って並んでいた。

 四人は、一つのソファに座っている。

 一方、ゴーレムたち、零号とサザンXは部屋の隅で腰を降ろしている。


「……オオ。シュラバ」


「……コウタノ、女難、キワマッタナ」


 彼らに関しては、少しワクワクした様子で状況を眺めていた。

 ただ、彼らは、今回においては部外者であり、傍観者だ。

 困惑しつつも、声を掛けることは出来ない。


 主役であるのは、一人用のソファに座るアヤメ。

 そしてコウタだ。


 しかし、コウタは凄い状況にあった。

 この応接室には、一人用のソファが二つ。四人以上が座れるソファが二つある。

 それぞれが対となって対面するように置かれている。

 四人用のソファの一つは、アルフレッドたちが占有しているが、もう一つにはコウタが座っていた。もちろんだが、コウタ一人で使用している訳ではない。


 コウタを中央に、左側には呆れ果てたような表情のリノ。

 右側には青筋を額に浮かべつつも笑みを崩さないリーゼ。

 中央――すなわち、コウタの膝の上には無表情のアイリが座っていた。

 そして後ろには――。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴッ……。

 そんな効果音を響かせそうな圧を放つ、着装型鎧機兵姿のメルティアが立っていた。

 完全なる包囲網だ。

 コウタは、生きた心地がしていなかった。


「……改めて」


 その時、アヤメが口を開いた。


「久しぶりなのです。コウタ君」


「う、うん。久しぶりだね。アヤちゃん――」


 ――グワシ、と。

 コウタがアヤメの名を呼んだ途端、彼の頭は巨大な手で挟まれた。

 コウタの顔が一気に青ざめた。


『……それは一体、何なのですか?』


 淡々と。

 とても淡々とした声でメルティアが尋ねてくる。


『どうしてコウタは、彼女を親し気に『ちゃん』付けで呼んでいるのですか?』


 ギシギシギシ、と鋼の指が軋みを上げる。

 コウタは、無残に破裂する西瓜をイメージした。


「そ、そうよ」


 アンジェリカも、アヤメを見て尋ねた。


「アヤメ。あなたがヒラサカ君と親しかったのは知っていたけど、愛称で呼ぶほどなんて聞いてなかったわよ」


「……え?」


 アンジェリカの台詞に、リーゼが目を丸くした。


「コウタさまと、シキモリさんが? それは初耳ですが?」


 言って、コウタの横顔を見る。

 コウタは何も答えない。というよりも、物理的に答えられなかった。ひたすら蒼い顔をして、未だ鋼の手でギリギリと圧縮されているからだ。

 もはや助けの声も上げれないようだ。


「……まあ、落ち着け。ギンネコ娘」


 すると、リノが腕を組みつつ、嘆息してそう告げた。


「コウタが、その犀娘についてお主らに何も告げなかったことには理由がある」


『……ニセネコ女』


 メルティアは指の力を緩めて、リノの愛称 (?)を呼んだ。


『その言い方だと、あなたは、彼女のことをコウタから聞いていたのですか?』


「ああ。そうじゃ」


 リノが頷く。

 メルティア、リーゼ、アイリの表情に剣呑な雰囲気が宿る。

 鋼の指から解放されても、コウタは青ざめたままだった。


「じゃが、まあ、一応言っておくが、コウタがわらわを特別扱いした訳でないぞ」


 リノは言葉を続ける。


「仮にこの場にジェシカがおれば、あやつにも話しておったじゃろう。お主らには何も語らず、わらわとジェシカには話す。その意味を、コウタと付き合いの長いお主らならば分かるであろう」


「「「……………」」」


 リノの説明に、少しだけメルティアたちは表情を改めた。

 事情があると察した顔だ。

 ジェイクも、神妙な顔つきになっていた。

 一方、アルフレッドと怪訝な顔をしている。

 アヤメの友人であるアンジェリカとフランは困惑顔だ。


「え? 何の話? そもそも犀娘ってなに?」


 アンジェリカがそう尋ねると、


「……それは、きっとこういうことなのです」


 それに答えたのは、アヤメ自身だった。

 全員の視線が彼女に集まる。

 アヤメは、それを承知の上で自分の額を片手で隠した。

 そして少し経ってから、手を離した。

 と、そこには――。


「……え?」


 アンジェリカが大きく目を瞠った。

 フランも驚きの表情を浮かべている。

 メルティアたちも、驚きを隠せないようだった。


「……え? 角……?」


 アイリが唖然とした声で呟く。

 ――そう。アヤメの額には、二本の角が生えていた。

 しかも、黒かった双眸が、紅く輝いている。


「ちょ!? アヤメ!?」


 友人の変貌に、アンジェリカは思わず立ち上がった。


「何それ!? 何か生えてるわよ!?」


「……これは心角というのです」


 アヤメは語る。


「うちの一族の証です。これを一族以外に見せるのはコウタ君だけでした。だから、コウタ君は、私のことを話さなかったのです」


「う、うん……」


 そこで、ようやくコウタが口を開いた。


「アヤちゃんに、多分、リノに似た何か事情があるのは分かったし。メルたちには話さない方がいいかなって――はうッ!」


 グワシ、と。

 再びコウタの頭は、鋼の指で掴まれた。


『だから、どうしてコウタは彼女を「アヤちゃん」と呼ぶのですか。そもそもニセネコ女には話しているではないですか』


「い、色々あったんだ……。彼女のことはそう呼ぶのがしっくりして……リノは、その、同じような事情を抱えてるし――」


 と、色々と言い訳をするが、指の力はますます強くなるだけだった。

 すると、その時だった。


「……止めるのです。鎧女」


 不意に、アヤメが立ち上がった。

 そしてメルティアの傍まで近づき、その鋼の腕に手を触れた。

 直後、信じがたいことが起きた。

 アヤメの細腕が、着装型鎧機兵の巨腕をコウタの頭から引き剥がしたのだ。


『―――な』


 流石にメルティアも驚きを隠せない。

 このような真似は、この中で最も腕力に優れたジェイクにも出来ないだろう。

 コウタとリノ以外の全員が驚いた顔をしていた。


「聞きしに勝る剛力じゃのう」


 リノが、ボソリと呟く。と、


「お前が、何者かは知らないのですが……」


 着装型鎧機兵の巨椀を掴んだまま、アヤメは言う。


「これ以上、コウタ君への狼藉は許さないのです。彼は私のあるじなのですから」

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