第12部

プロローグ

第367話 プロローグ

 その日。

 アルフレッド=ハウルは、帰宅が少し遅かった。

 いささか、騎士団の会議が長引いたのだ。


 ハウル邸のエントランス。黒い騎士服を着たアルフレッドは、《七星》の紋章が描かれたサーコートを出迎えた執事に渡した。


「お爺さまは?」


「今夜は会談にお出かけになられております」


 アルフレッドの問いかけに、執事が恭しく答える。

 アルフレッドは「そうか」と呟いて、自室に行こうとする。と、


「アルフレッドさま」


 執事に呼び止められた。

 アルフレッドは振り向いた。


「? どうかした?」


「は。実はお客さまが来ておられます」


「客? お爺さまの?」


「いえ。アルフレッドさまのご友人です」


「僕の?」


 目を瞬かせるアルフレッド。

 それは非常に珍しい。

 こういっては悲しくなるが、アルフレッドに友人は少ない。

 学生時代には少しいたが、騎士となってからは彼らとも交流はほとんどない。


「同僚じゃなくて、友人なのか?」


 自分でも悲しくなる確認をする。

 執事は「はい」と頷いた。


「応接室にて、お待ちしておられます」


「ふ~ん……」


 ……一体誰だろうか?

 即座に、まったく思いつかないことにもまた悲しみを抱きつつ、アルフレッドは応接室に行くことにした。

 コツコツと足音を立てて、長い廊下を歩く。

 執事も、その後に追従した。


「誰が来ているんだい?」


 率直に聞くと、執事は「お嬢さまが三名です」と答えた。


「……お嬢さま?」


 アルフレッドは眉をひそめた。

 男友達が少ないアルフレッドだが、女性の友人はさらに少ない。


「えっと、誰なの?」


 と、尋ねるが、執事が回答する前に応接室に到着した。

 ここまで来ると尋ねるよりも確認した方が早い。

 アルフレッドはコンコンとノックして、「失礼する」と声を掛けた。

 そのまま扉を開いた。

 そして、室内を見て――。


(…………え?)


 思わず目を丸くした。

 そこには、見知った少女が目の前にいたのだ。

 どうやら扉を開けようとしてくれていたようだ。

 彼女も目を瞬かせていた。


 年の頃は、アルフレッドと同い年。

 ピン、と一本だけ飛び出した癖毛が印象的な明るい赤髪。瞳の色も同色だ。

 勝気さが強く前面に出る美しい顔立ちに、抜群のプロポーション。

 その誰をも魅了する肢体の上には、白い上着ブレザー、黒いスカートを履いている。

 アノースログ学園の制服である。


「え? アンジュ?」


 そこいたのは、アンジェリカ=コースウッド。

 アルフレッドの幼馴染だった。


「ア、アルく……ひ、久しぶりね。アルフレッド」


 アンジェリカはそう告げる。


「え? なんでアンジュが?」


 アルフレッドは困惑した。

 彼女が、ハウル邸に訪れるなど何年目のことだろうか?

 アルフレッドの困惑は当然のことだったが……。


「……何よ。私が来たら悪いの?」


 アンジェリカは半眼を見せて、露骨に不機嫌になった。

 アルフレッドの胃が警告を鳴らす。


 ――おい! 張り裂けてしまうぞ、お前!

 キリキリと痛む胃が、必死にそう訴えかけている。


「い、いや、大歓迎だよ。アンジュ……あれ?」


 そこでアルフレッドは気付く。

 応接室のソファ。そこにさらに二人の人物がいることに。

 そういえば、客人は三人だと執事が言っていた。


「……ソルバさん?」


 ソファに座る一人は、知り合いだった。

 温和な微笑みを浮かべる綺麗な女性。年齢はアルフレッドやアンジェリカと同い年のはずだが、女性としては高身長であり、大人びたスタイルと、柔らかな佇まいから少し年上に見える。大腿部辺りまで伸ばした水色のとても長い髪が印象的な女性だ。


 フラン=ソルバ。ソルバ伯爵家の令嬢である。

 彼女もまた、アノースログ学園の制服を着ていた。


「お久しぶりです。ハウルさま」


 フランは立ち上がり、淑やかに挨拶をしてきた。


「ええ。お久しぶりです。ソルバさん」


 アルフレッドも挨拶を返す。

 それから最後の一人に目をやった。

 彼女は知らない女性だった。


(……誰だろ?)


 年齢はアンジェリカたちと同じぐらいか。

 黒い瞳を持ち、サラリとした黒髪で顔の左半分を隠した少女だ。顔立ちはミステリアスな趣を感じるほどに美しい。何というか大人の色気のようなものを感じる。


(……凄く綺麗な子だ)


 素直にそう思う。

 身長はかなり低いのだが、スタイルは見事なモノだった。

 小柄だというのに、アンジェリカ相手でも、そう見劣りはしないレベルだ。

 首元を見ると黒いインナースーツが見えるが、彼女もアノースログ学園の制服を着ているので生徒であることは分かる。


(う~ん、だけど……)


 アルフレッドは内心で眉をひそめた。

 ……はて。こんな目立つ子が学園にいただろうか?


(アンジュの新しい友達なのかな?)


 そう思っていると、


「……お久しぶりなのです。ハウルさま」


「えっ、久しぶり――えええッ!?」


 アルフレッドは目を剥いた。

 今の声に聞き覚えがあったのだ。

 ――いや、雰囲気があまりに変わっていたために気付けなかったが、改めて見れば、彼女の顔にも見覚えがある。


「シ、シキモリさん?」 


 アヤメ=シキモリ。

 アンジェリカの友人の一人だ。

 ただ、アルフレッドの知る彼女は、もっと幼くて……。


「ほ、本当にシキモリさん?」


 思わず、そう尋ねてしまった。

 最後に見た彼女と、あまりにもスタイルが違いすぎるのだ。

 すると、アンジェリカとフランが苦笑を浮かべた。


「驚いたでしょう。けど、間違いなくアヤメ本人よ」


 アンジェリカが肩を竦めてそう告げる。

 アルフレッドは、口をパクパクと動かした。


「いきなり成長したんですよ。この子」


 と、フランも言う。

 要は、急激な成長期――いや、この場合、第二次性徴期だろうか――を迎えたということらしい。それにしても劇的過ぎる変化だが。


「そ、そうなのか。驚いたな。けど……」


 アルフレッドは、アンジェリカに視線を向けた。


「今日はどうしたの? アンジュがうちにやって来るなんて本当に久しぶりだし、学校とか大丈夫なの?」


「学校からは外出の許可は取っているわ。まあ、ここに来る時は確かに躊躇したわね。私もあのお爺さまと出くわすのは嫌だったし……」


 そう告げて、アンジェリカが苦笑を浮かべる。

 あの男尊女卑な偏屈老人がいなければ、もっと頻繁にアルフレッドに会いに来れるのにと内心で思いつつ、


「今日はね。どうしてもアルフレッドに頼みたいことがあったの」


「僕に頼みたいこと?」


 アルフレッドは眉をひそめた。


「……どうしたの? 何か困ったことが起きたの?」


 アンジェリカの両肩を強く掴んだ。


(うわっ、うわっ、うわああ……)


 アルフレッドは本気で心配してくれている。

 それをはっきりと感じて、アンジェリカは幸せ一杯の気持ちになった。


(大丈夫だよ。アル君。心配しないで)


 そう言って、ぎゅううっと抱き着きたくなる。

 全身で彼の腕の中に飛び込むのだ。

 偉大なる我が師マイマスターも仰っていた。おっぱいを活用せよと。

 しかし、それが出来ないのが、アンジェリカだった。


「私に困り事なんてある訳ないじゃない」


 実に不愉快そうに、アルフレッドの腕を払う。

 アルフレッドは「あ、うん……」と委縮していた。


(ごめええん! アル君、ごめえええんっ!)


 内心では泣き出しそうなぐらい謝罪しつつ、


「まあ、座りなさいよ」


 言って、ソファに腰を降ろした。

 まるでこの館が自分の家のような態度だ。

 これが、アンジェリカの平常運転なのである。

 親友であり、アンジェリカの本当の気持ちも知るフランが、深々と嘆息した。

 一方、アルフレッドは「う、うん」と頷いて、ソファに座った。


「それで、何があったの?」


 アルフレッドが本題を尋ねる。と、


「それは……」


「うん……」


 アンジェリカとフランは互いの顔を見合わせた。

 それから、二人揃ってアヤメへと視線を移す。

 アルフレッドも彼女の方に目をやった。

 劇的なまでに美しくなった少女は、アルフレッドの目を合わせた。

 そして、彼女は唇を動かした。


「不躾ながら、お願いがあるのです。ハウルさま」


「お願い? シキモリさんが僕に?」


 アルフレッドは困惑した。

 彼女とはそこまで接点はない。

 そんな彼女が自分にお願いとは……。

 すると、アヤメは、


「はい。ハウルさまは、と友人であると聞いているのです。だから」


 真っ直ぐな眼差しを向けて、こう告げるのだった。


「どうか、私にコウタ君と会う機会を設けてもらえないでしょうか」

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