第354話 フラッグ・ゲーム④

 一方、その頃。

 森林の東側の広場。エリーズ国騎士学校の生徒たちが集まる中で。

 アヤメの運命たる少年は、自分の短剣を、カチャカチャと弄って唸っていた。


「……う~ん」


 眉をしかめている。


『どうかしたのですか? コウタ?』


 着装型鎧機兵を纏ったメルティアが尋ねてくる。


「う~ん、あのさ、メル」


 コウタは、自分よりも頭の位置が高い幼馴染を見上げた。

 すっと短剣を差し出す。


「これって、針ぐらいのサイズに出来る?」


『……はい?』


 メルティアは、むんずと短剣を片手で受け取って小首を傾げた。


『これを? ミニチュアを創って欲しいということですか?』


「いや。これを針ぐらいに縮めるんだ」


『……コウタ?』


 着装型鎧機兵の中で、メルティアは眉根を寄せた。


『言葉の意味が分からないのですが?』


「うん。ボクも、何を言っているのか分からない」


『コウタ?』


 再び小首の傾げる幼馴染から短剣を返してもらい、コウタは嘆息した。


「手品だったのかな? けど、不思議な子だったしなあ」


 小さく呟く。

 と、その時だった。


「お~い、ヒラサカ。アシュレイ」


 いきなり名前を呼ばれた。

 コウタとメルティアが振り向くと、そこには担任教師のアイザックがいた。

 彼はクイクイと手を振って、二人を呼んでいた。

 コウタとメルティアは、彼の元へと向かった。


「なんですか? 先生」


 コウタがそう尋ねると、


「ああ、実はな」


 あごに手をやって、アイザックは言う。


「今回、俺は公平な審判だから、自校とはいえ依怙贔屓は出来んのだが、一つだけ伝えておこうと思ってな」


 と、前置きし、


「今回のイベント。実は結構注目されている。なにせ、他校に自分の優秀さをアピールできる場だからな。特にフラッグを折った生徒は相当高く評価される」


 そこでだ、と続けて、アイザックはメルティアを見据えた。


「アシュレイ。お前は少し休みがちだからな。今回はかなり良い機会だ。フラッグ折りにチャレンジしてみてはどうだ?」


『フ、フラッグ折りですか?』


 メルティアが怯えた声を上げた。

 アイザックは、ポリポリと頬をかいた。


「お前なら、かなり楽勝だと思うんだが」


 実際のところ、アイザックの推測は正しい。

 この密集した森の中では、メルティア――正確には着装型鎧機兵は、鎧機兵以上の無双の力を発揮する。彼女に素手で勝つことはコウタでも相当に厳しいだろう。

 まさにメルティアのための舞台とも言える。

 しかし、根が臆病なメルティアには、かなりの無理難題だった。


『コ、コウタと一緒なら……』


 と、いつものように幼馴染に頼ろうとするのだが、


「……ごめん。メル」


 コウタは、すまなさそうに告げた。


「今回のイベントでは、ボクは別行動をしようと思うんだ」


『ええッ!?』


 メルティアが、悲鳴じみた声を上げた。

 コウタは思わず「あ、ごめん。うそだよ。一緒にいるから」と言って、厳つい鎧の中から可愛いメルティアを取り出して、ギュッと抱きしめたくなったが、自制する。


「このイベントは、やっぱり学校としては勝ちたいしね。ゲリラ戦は必至だから、ボクは個人で遊撃することになっているんだ」


 それは、事前にリーゼとジェイク、そして各班のリーダーと決めたことだった。

 本来ならば、森の中を一人で行動するのは危険だ。

 しかし、コウタなら、大丈夫だろうというのが、全員の意見だった。むしろ、下手にコウタにチームを付ければ足手まといになってしまうことを危惧していた。

 それにコウタが一人で動くのなら、他のチームに人員も割り振ることも出来る。

 何より、コウタとしては……。


(多分、あの子が来るだろうし)


 それを一番危惧していた。

 不可解な力といい、彼女は相当危険な相手だ。

 しかも、どうしてか、コウタをぶちのめすとまで宣言している。

 彼女を迎え撃つためにも、コウタは一人でいたかった。もし、メルティアが傍にいて、とばっちりで彼女が怪我をしたら、心臓が止まってしまう。

 ここは、一人でいたかった。


「安心して。メル」


 コウタは、幼馴染を安心させるように微笑んだ。


「そういう話なら、メルの護衛はジェイクに頼むから」


 リーゼには、指揮官の役割がある。

 ここは、ジェイクが適任だった。


『………ううゥ』


 それでも泣き出しそうなメルティアの声にも、コウタは必死に自制した。


「大丈夫だよ。メル」


 コウタはメルティアの手――実際は着装型鎧機兵の手――を取った。


「君は強い子だ。勝とう。メル」


 コウタがそう告げると、メルティアはしばし沈黙していたが……。


『……分かりました』


 ゆっくりと首肯した。


『確かに良い機会です。ここで高評価を得れば、私はもっとグータラできます』


「うん。その身も蓋もない本音は隠そうね」


 コウタがそう告げるが、メルティアは聞いておらずアイザックに視線を向けた。


『先生』


「ん? なんだ?」


『このイベントは、鎧機兵の使用を認められているのですよね?』


「ああ。ただ、鎧機兵で存分に戦えるほどの大きな広場が少ないからな。あまり活用できる場はなさそうだが」


 と、アイザックが答える。


『なるほど。承知しました』


 メルティアが頷く。コウタが「メル?」と眉をひそめた。


『大丈夫です。コウタ』


 対し、メルティアは着装型鎧機兵の中で、ニコッと笑った。


『私はちゃんと活躍しますから』



       ◆



 そうして一時間後。

 両校の生徒たちが各々の配置につき、息をひそめる中。

 その声は轟いた。


『両校の諸君!』


 拡声器を用いた教師の声だ。


『それでは、フラッグ・ゲームを開始する!』


 次いで、パンパンっと幾つかのカラフルな煙幕弾が打ち上げられた。

 身構える者。気を引き締める者。静かに動き出す者。

 枝から枝へと飛び移り、一心不乱に進む者。

 両校の生徒たちは動き出した。


 かくして。

 両校対抗のフラッグ・ゲームが開催されたのである。


(……さて)


 灰色の髪の少年が、丸眼鏡の奥の瞳を細める。

 森の奥に潜むライガだ。


(……アヤメよ)


 弟子であり、義妹でもある少女のことを想う。

 そして同じく弟子であり、今や妻である娘のことも。

 事故による大火で、アヤメは六歳、フウカは九歳の身で家族を亡くした。

 そんな彼女たちの身元を、ライガは引き受けた。

 二人の父親たちが、幼少時からのライガの親友だったからだ。

 もちろん、元よりアヤメたちとは面識がある。産まれた場面にも立ち会ったほどだ。

 しかし、自分は、長老衆の再三に渡る要請も無視して妻も娶らず、ひたすら修練にだけ打ち込んできたような愚物。出来ることは限られている。


 ――そう。彼らの忘れ形見たちを一流の焔魔堂の戦士に育て上げる。

 それだけが、自分に出来る親友たちへの供養だと、ライガは強く思った。


 そして、アヤメもフウカも一流以上の才を見せた。

 たった二年の修練で《焔魔ノ法》の初伝まで収めたのである。

 アヤメに至っては、最年少の記録だったほどだ。


(流石は、あいつらの娘だな)


 とても誇らしく思う。

 ライガは、父親の眼差しで二人の成長を見守っていた。

 まさか、フウカの方が自分の妻になるとは、当時は夢にも思っていなかったが。


(あれは……やはり、俺が迂闊だったのだろうな)


 ライガは、眉をひそめた。

 フウカと自分しか知らないあの事件。それを思い出して遠い目をする。

 恐らく、あれが決め手だったのだろう。

 あの件が無ければ……とも思うが、今さら考えても仕方がないことだ。

 アヤメが、八代目お側女役に選ばれた時も複雑な気分だった。

 歴代のお側女役たちは、子を残すこともなく人生を終えていった。

 あの子の人生も、孤独にならない保証などない。


 しかし、今は――。


(……アヤメよ)


 ライガは瞳を開けた。

 森の奥のアヤメの姿を幻視する。


(俺は止めぬ。いかに御子さまがお相手であってもだ)


 アヤメが、不敬にも御子さまに牙を向けるつもりなのは報告で受けていた。

 だが、ライガは、アヤメを諫めるつもりはない。

 むしろ――。


(行くがいい)


 師として、義兄として、義父として。

 ライガは、心の中でアヤメに告げる。


(望まぬ運命ならば抗え。気にくわぬ相手ならば心を捧げる必要などない。お前の目で御子さまを見極めよ。お前の人生はお前だけのモノなのだから)


 立場ゆえに、信念ゆえに、告げられない言葉。

 師の心を、弟子は知らない。

 せめて心の中だけで、ライガはその言葉を贈るのだった。

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