第353話 フラッグ・ゲーム③
時は過ぎて、午後。
エリーズ国騎士学校と、アノースログ学園の生徒たちは、互いの陣地にいた。
広大な森林の一角。西側方面にある大きな広場だ。
「……中々面倒そうな舞台ね」
アンジェリカが呟く。
「ここはともかく、鎧機兵で動くには狭いわね」
視線を森の方に向ける。
鬱蒼とした森。
木々の感覚が狭く、背も高いため、光もあまり差し込んでいない。
視界が、明らかに阻害される。
(これは想像以上に乱戦になるわね)
アンジェリカは、自分の胸元に目をやった。
普段の制服。その胸ポケットにピンで止めたフラッグを模したワッペンがある。
これが、各生徒が持つフラッグだ。
これをお互いが、どれだけ奪えるか。
そして東エリアと、西エリアにそれぞれ三つ設置された本物の
生徒二十人分のポイントが入る高得点フラッグを何本折ることが出来るか。
それが、勝敗を決める。
「みんな。聞いて」
アンジェリカは、広場に集まる生徒たちに声をかけた。
百八人になる生徒たちは複数のグループを組んで、談笑や、自分の意気込みを語り合っていたが、生徒会長の声に「お?」「なんだ?」と注目した。
「開戦まであと一時間。まず班分けをするわ。三本のフラッグを守る防衛班。攻撃班に迎撃班。斥候班。それから……」
アンジェリカの指示は、実に正確で迅速だった。しかも、生徒たちの顔と実力まで網羅した彼女は、的確に班分けと、班のリーダーを決めいく。
「今回の戦い、乱戦になるわ。あわよくばフラッグを折りたいところだけど、それに拘っていては戦力を削られる。先生方の意図としては拠点の攻防よりも悪環境での戦闘を見たいのでしょうね」
アンジェリカは、瞳を閉じた。
「不意な接敵にも落ち着いて。迂闊に鎧機兵を喚べば隙となるわ。接敵後は、最低二人のチームで対応して。相手の戦力を見抜いて行動するのよ」
生徒たちは、美しき生徒会長の声に耳を傾けた。
「戦力差が大きい場合は撤退すること。撤退は敗北じゃない。騎士の恥ではないわ」
アンジェリカは、瞼を開いた。
「勝つわよ。私たちは、未来の皇国の騎士なのだから」
そう告げて、アンジェリカは炎のような長い髪と、大きな胸をぶるんっと揺らして、腕を水平に振った。
「行くわよ! アノースログ学園!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッッ!」」」
生徒たちは鬨の声を上げた。
特に美しき指導者に従う男子生徒たちの士気は高い。
「散開! 各自! 持ち場について!」
「「「おおッ!」」」
生徒たちは森の中へと一斉に走り出す。
砂煙さえ上げて、次々と消えていく。
この場に残されたのは、号令をかけたアンジェリカ本人と、ここにあるフラッグを守る防衛班の五名。そして、アンジェリカと同班であるフランとアヤメだけだ。
アンジェリカは、二人の元へと近づいた。
「フラン。アヤメ」
アンジェリカは言う。
「私たちは遊撃班として動くわよ。とにかく数を減らすの。いいわね」
「ええ、了解よ」
フランが、こくんと頷き、
「ごめんなさい、のです。私は無理なのです」
アヤメが、そう答えた。
「そう。じゃあ二人とも行くわ―――え?」
髪を揺らして森の中へと進もうとしたアンジェリカは、思わず固まった。
フランも「へ?」と目を瞬かせている。
二人は、アヤメの方を凝視した。
「え? アヤメ?」
アンジェリカが、困惑した顔を浮かべた。
「どういう意味?」
「私には、重要な用があるのです」
「それって……ヒラサカ君のこと?」
フランが眉根を寄せて尋ねる。と、アヤメはこくんと頷いた。
「私は運命を打ち砕かねばらないのです。別行動をします」
「いや、運命って……」
アンジェリカは、頬を強張らせた。
「あなた、そこまでヒラサカ君に拘っているの? いや、拘るのはいいけど、この大きな森の中を一人で彷徨って探すってこと?」
「問題ないのです」
アヤメは自分の胸元に手を当てて、淡々と告げる。
「彼は私の運命なのです。山一つぐらいの距離だったら、彼がどこにいても何となく居場所は分かるのです」
「いや、なにそれ?」
アンジェリカは、額に指先を当てた。
「そんなの分かる訳ないじゃない。恋は盲目って言うけど、そんなことを思い込むぐらいに彼に夢中なの……?」
まさか、アヤメがここまで情熱的とは思わなかった。
まあ、その想いがどうして、ぶちのめすという思考になったのかは謎だが。
「えっと、アヤメ」
その時、フランが腰を屈めてアヤメの両肩に手を置いた。
「ヒラサカ君のことを探したいのは分かるけど、それは三人で探しましょう。この戦闘は一人で行動するのが一番危ないんだから」
と、優しいお姉さんの顔で告げるが、アヤメは全く別のことを言い出した。
「フランも気をつけて欲しいのです」
「へ?」
「あの腐れ野郎は、あわよくばフランも狙ってくるのです。ロリコンだから。けど、安心して欲しいのです」
アヤメは、闘志を燃やした瞳でフランを見据えた。
「運命を蹴散らしたら、あの腐れ野郎も、私がぶちのめすのです」
「え? 本当に何を言ってるの? と言うより、アヤメ、なんか今朝から無茶くちゃテンションが上がってない?」
「全部、終わってから話すのです」
アヤメはフランの手を肩から退けて、ポカンとするアンジェリカの横を通り過ぎると、その場で身を屈めた。
両手を地面に付けたクラウティングスタートの構えだ。
視線は、森の方へと向いている。
「ア、アヤメ……?」
アンジェリカが恐る恐る声を掛けると、
「では、行ってくるのです」
そう告げて、アヤメはドンッと加速した。
ぶわあっ、と土煙が巻き上がるような加速だ。
砲弾の勢いで森の中に突っ込んでいく。
もはや、人間の速度ではなかった。
「「ええええええ――ッ!?」」
アンジェリカとフランが、驚愕の声を上げる。
そうして、アヤメは去って行った。
運命と対峙するために旅立ったのである。
心底、ポカンとするアンジェリカとフランをその場に残して。
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